Main1-5:一族の儀式について
目の前が赤く染まる。
痛みなんて感じなかった。
ただただ、ソイツが僕の目を抉ったことだけが分かった。
この目はもう使えない。
まだ見た事のない海も街も、見ることは叶わない。
「僕の目を返せ」
誰かがそんなことを言った気がした。
───
「………」
「おや、珍しい」
普段は無防備な姿を見せることのない弟が、だだっ広い野原のど真ん中で昼寝をしている。
よくもこんな広い場所で見つけれたものだと思うが、なんとなく居場所が分かってしまうのだから流石は家族というものだろう。
探りを入れたわけでもないが、コイツや他の連中の関わり方を見れば家族とは少し違う存在というのも分かってしまう訳だが…まぁ私は私だし彼は彼なので気にならないというものだ。
それにナキの話によると、白き一族は全員魔力の優れたニンゲンが多いとされているらしい。
ナキもそうで、踊り子に転職する前は幻術士を務めていたそうだ。
白き一族の魔力は変わりもので、まず衰えを知らない。
故に膨大になりがちだ。
それは一歩間違えると暴走する。
ナキはそれを恐れ杖を置いた。
しかしそうしたところで自身の成長と共に増える魔力は見えざるものを見せてくる。
幻覚とは違うが、ヤ・シュトラのようにエーテルを可視化できることは間違いないのだそうだ。
だから彼女も私と弟のエーテル環境を知っている。
彼女は正直者で、それを私に伝えた。
私自身もエーテル量が多くないことは知っていたが、弟が私の分を抱えていることはあまり思っていなかったものだ。
そして彼女は1つこう言った。
「『たとえ他人のエーテルでも、これだけ長い間所持していたらエーテルは膠着し全てが離れることはないだろう』か」
花もエーテルを持ち、その花々は地と水のエーテルを吸収し大きくなる。
それはまさに私自身である。
ヘリオはそんな花からエーテルを吸収し急激に成長を遂げた大樹だろう。
「まぁ考えても仕方のないものではあるか。
…おい起きろ阿呆、愛人も放ったらかしにしてこんな所で寝てる奴があるかい」
「……心配しなくても数日で帰ると、彼奴に伝えたはずなんだが」
「数日どころか2週間だ」
「なるほどな」
何かを納得したのか、身を起こす弟。
手元のトームストーンで泣きべそをかいている男に『探し人を見つけた』と一言入れておく。
速攻既読がつき『ホントですか!?』と来た。
うん、コイツはいつも通りだ。どうせ喜びすぎて机の角にぶつかってるところだろう。
「なるほど、とはどういうことだい」
「双蛇党からの依頼で出向いた先の状況だ。
今俺たち双蛇党は『俺たちの生まれた場所の調査』をしている」
「は?」
「今分かっている結論は『あのエリア一帯は時間軸が狂っている』ということだ。
俺が内部で調査をしていた期間は3日…だが実際には2週間も経っている」
「だから連絡を寄越さなかったと」
「すまない、まさかそこまで厄介事に発展していたとは思っていなくてな。
とりあえずは帰るとしよう、あんたにもどうせ話さなければならないだろうからな」
「…そうだな」
───
「それで、何故故郷を調べている?」
「事の発端、というものはない。
ただ黒衣森も大方安全な場所だと示す際にああいう危険エリア…いや、黙秘されていたエリアがある事は厄介だという。
そこで双蛇党が調査を行い、あのエリアがどういう物なのかを確認する必要が出てきたというわけだ」
「ほう」
「…というのは裏の事情で、表の事情としては『戦歌部隊による戦歌の調査』だ。
これはエリアの入口付近にあった小屋から得た情報の上で調査に入っている。確実に結果が得られるものだ」
「アイツら、そこまで調査の幅を広げていたのかい」
「らしいな」
アリスには一言『弟をしばらく借りる』と伝えておき、双蛇党の小隊部屋で話をしている。
時間軸を狂わせていると思われるその一帯の話。
それは意図的な行為であるだろうということ。
そしてそれを解決しない限りは帰れないということ。
「…私に話しても良かったのかい」
「話さなきゃならない事柄だ」
「何も、持っていなくてもか」
「あぁ」
「……白き一族ということはナキからも聞いている。
ヴァル達黒き一族の里は?」
「流石に暗殺者の群れだからか、特定はできなかった。
だがヴァルの素振りを見ると無事なんだろう」
「そうか」
「どうする」
「選択肢がないくせに。
突入の指示が来るまで、私は戦歌隊の所に行ってくる。
表で行ってる戦歌の調査も気になるからね」
「あぁ」
1人残ったヘリオは故郷の話を目の前にしても無表情だった。
彼には分かりきっていることが1つあったからだ。
それは『もう二度とヘラに全てのエーテルを還せない』ということ。
ならばどうするか。
自然界、或いは儀式を通して還すのみ。
それは母が行ったことと類似している。
「ジシャはあの時何をした。
僕の目を抉った奴に対して、何をした。
……なぜ僕は、目を持っている?」
───
「ではこれより未開の森を捜索する!」
「サンソン、俺たちしかいない」
「ギドゥロは黙ってろ」
「……相変わらずだねぇ」
「日常茶飯事だ」
話を聞いてから3日後、許可が降りたようでこうして故郷への捜索が始まった。
サンソンとギドゥロは目の前にある小屋とその隣に広がる湖周辺の捜索。
ガウラとヘリオは『ダンジョンの攻略』という名目で先にあるであろう故郷を目指す。
戦歌隊が出発したのを見ながら、ヘリオはガウラに問うた。
「何を見ても、平常でいられるか」
「そのつもりだ。
だがそれ以前にざわついている。
勘が、この先を見ろと言っている」
「ならば問題ないな。
…行くぞ」
「あぁ」
だが一筋縄では行かないのがこの森だ。
それは地形の話でもあり、時魔法の影響で乱れている環境エーテル…そして白き一族の特徴を抱えている2人の調子。
中間地点で先に膝を折ったのは、ガウラだった。
───
胸を締め付けるような感覚。
吐き気はあるものの吐くことも出来ない状態。
足には力が入らない。
それを知っているかのように見下ろす弟。
声にならない声で問いかける。
『知っていたのか』と。
彼はひとつ頷きこう言った。
『だから俺が要るんだろう』
ヘリオは支障のない程度にエーテルを還した。
受け取ったガウラはさっきまでの不調を見せることなく立ち上がった。
「もう、平気だ」
「……あんたも知っていたのか」
「お前が隠せても、周りの連中が隠しきれていなかったよ」
「…だろうな」
「目的地に着くまでで構わない、いい加減話してくれないか?
お前は弟ではないんだろう?」
「………」
引き下がれないと知ったヘリオは語り始めた。
自分がガウラ…ヘラのエーテル体であることを。
ヘラの儀式の最中で分裂してしまったことを。
何者かが、目を抉ったことを。
だが彼も前後の記憶が曖昧だった。
なぜ狙われたのは儀式の時だったのか。
なぜ分裂するような事態になったのか。
抉られたはずの目を、何故彼が持っているのか。
誰が事故を起こしたのか。
「?
何か聞こえなかったか?」
「いや。
だが俺より聴力のいい姉さんだからな、少し耳を澄ませよう」
───
弓の弦が振動する。
風に乗せられて聞こえてくる誰かの声。
クスクスと笑っている。
聞こえた先には目的地があった。
彼らは頷き警戒しながら進む。
「あれは、妖異か」
「それにしても他のサキュバスと比べると大きさが違う」
〈みぃつけた〉
「何?」
「っ!下がれヘリオ!」
そう言いながら横に蹴飛ばし取り出した斧でサキュバスの攻撃を防ぐ。
蹴飛ばされたヘリオは体勢を整え大剣を握る。
〈メだ。
わたしの、メ〉
「目…?」
〈カラダ、メ…わたしの、チョウダイ!〉
「誰が渡すか!」
《チョウダイ…そのメ、カラダ、わたしがなる!》
『ヘラぁ!!』
「……奴か…?」
「ヘリオ、ぼさっとするな!」
「!?」
攻撃を防ぎ少し下がる。
ヘリオは鋭い眼差しでサキュバスを見る。
「知ってるのか?」
「確証はない。だが、以前も同じように目を狙った奴がいた」
「ここでの話か」
「恐らくは」
そう聞いたガウラにも斧を握る手に力が入る。
2人を見るサキュバスは獲物が増えているのを感じ、考えている様子だ。
〈…おまえ、わたしにキズをつけた!〉「生憎覚えてはいないが、抉ったはずの目を俺が持っているならそういうことだろうな」
〈くれ!それを、くれぇ!!〉
「消えた!?」
「ぐぁ!?」
一瞬で何かが起きた。
隣にいたはずの弟は後方に飛ばされている。
倒れた彼の上に跨るサキュバスは、鋭い爪で今にも目を抉ろうとしている。
警戒しているのか弟も唸る。
「グルルルル…」
〈メだ、チカラだ〉
だが一方に集中しすぎたのか、サキュバスの首元には斧が向けられていた。
「フー゛…ガルルル…」
「姉さん?」
〈ホンショウ、みえた!〉
望んでいたのか、サキュバスはガウラに標的を変えた。
語らず唸り、斧を構えるガウラ。
月夜に照らされ光る瞳。
あぁそうだ、そうだった。
この森の精霊と満月は、度々純血児にイタズラしていた。
それらを決別する為の儀式だったのに。
「あの日全てが未完成で終わったから、姉さんは未だ…」
〈イチバン、つよいチカラ!よこせ!!〉
「グルァァ!」
「待て姉さん!『待ちなさい、ヘラ!』」
だが止まる様子もない上に幼少期より力を持っているガウラはサキュバスに攻撃を与える。
その異常さに対して危険だと感じたのはサキュバスだけではなかった。
「『一度あのサキュバスを討伐する。
…白き魔法、祖は光にして叡智。
ホーリジャ!』」
〈ギュァッ!?〉
「……流石はジシャの魔法力…。
ん?ジシャ?」
派手な光だったのか、目くらましもできたようでガウラも対象を見失い落ち着いていった。
サキュバスも討伐したようで、徐々に時魔法が解けている。
だが次に出てきた疑問は『ヘリオの中にいるジシャの残骸』。
残骸は『動物でも構わないから依代を見つけてきて欲しい』とのことで、ちょうど連れていたタイニークァールを差し出した。
残骸が詠唱すると離れていき、次にはそのタイニークァールに宿っていた。
〈さて、お前たちに話せることでも話そうか〉
「…あぁ」
───
〈まず、お前がヘラかい?〉
「ヘリオ・リガンだ。
だが、ヘラのエーテル体であることならば、答えはそうだろう」
〈そうか…変わらず、大きくなったものだ。
そのエーテルはもはやヘラ・リガンではなく、ヘリオ・リガンの物と認識しているだろう〉
「だとすると、本来の目的はこなせないぞ」
〈あぁ、それでも構わない。
ヘラもヘラとしての個を確立できるくらいには、エーテルも体も成長したんだから〉
その声の主、ジシャは死んだはずの母の名前と声を持つ。
死に絶える前に何かやったのだろう。
白き一族の中でも1番に魔力の強く、それは角尊の能力にも匹敵する程だったという。
「時魔法を使ったのはあんたか」
〈私だよ。
あれ程のバケモノを野放しにしないために、閉じ込めるための突拍子もないアイディアさ〉
「なるほど」
〈けれど手違いが色々と起きてしまった。
1つ、儀式で必要だった死の超越…という名目で行う精霊との決別。
自身の血を流した供え物を食べることで、『私は私であり続ける』という意思を示すというものだ。
それが初っ端から失敗に終わっていること。
2つ、サキュバスの放つ魔法と私が守る為にと放った魔法によって周囲のエーテルが大きく乱れたことだ。
これは特に人に大きく影響が出ているようで、その際にヘラからエーテル体が生まれ抉られたであろう目に宿った〉
「それが俺ということか」
〈そうだね。
だが互いに小さい故に特定もできなかった。
そしてその影響は私にもあったようでね、残骸程度のエーテルがヘラのエーテル体と共に眠ってしまった〉
「だから時々ありもしない思考が過ぎるということか」
〈それはすまなかったねぇ〉
そして3つめは、ヘラ…ガウラの本来完遂できていたであろう儀式を再度行うこと。
今回はヘリオも行っておこうという話になった。
元が誰のものであれ、エーテルは既に膠着されている。
もう引き剥がすこともできなければ、ひとつになることもできない。
できたとしても、二重人格の完成だ。
ならばどうするか…供え物を互いに交換し、形だけでもエーテルを還すということ。
儀式で頼まれたものは、自身のエーテルにより近い供え物を見つけることだった。
基本的には食べ物が多いとされている。
ガウラは少し不安そうな顔をしているが、タイニークァールを通じて聞いている様子だと納得してはいるようだ。
───
今度こそ邪魔者のいない中での儀式。
森に浮かぶ満月とそれを遊ぶ精霊たちとの決別。
そうしなければあの時一瞬見せた獣は消えないままだろう。
本来の儀式はヘリオのエーテルをヘラに還すことでもあったが、もうここまで進行していれば叶わないものだ。
そこで1つ提案をされたのは、先も述べたように『互いに血を供え物に与え、それらを交換し得る』ことだった。
今までにない儀式の方法だが、これで形的に還ったことになるのだそう。
「私はきっと、思い出すこともなければヘラとして生きることもしないだろう。
それでいいか?」
「あんたがそう望むなら」
「お前は?」
「……アリスを放ってきてるからな、成功させて帰らなければ」
「だそうだ」
〈あぁ、母としても子の意思は尊重したい。
一族に囚われず、己が意思を貫き通せ。
それが願いだ。
……さぁ、果実を貪り獣を手懐けよ〉
「「Amissakm kank kamk(砕け砕け、牙を砕け)」」
言葉として成り立たない音。
それは一族に伝わる1つ『音で表現する』ことでもある。
それも一族であるという証。
ガウラも儀式を行う際に、そういう文化があることを教わった。
知らないはずのことなのに、それは自然と身につき扱えた。
記憶がなくとも自分はこの集落にいた白き一族なのだと、身をもって知る機会となった。
───
「ジシャ…母さんはこれからどうするつもりだ?」
〈1度死んだ身だ、やり残したことがないか確認を終えたら、今度こそきちんと海へ還るさ〉
「……」
〈…今はガウラと呼ばれているようだね。
見ないうちに大きくなって、口調も私にそっくりで。
あの大人しかった子が〉
「記憶をなくす前の私なんて知りもしないさ。
私は私で、ガウラとして生きていくだけだよ」
〈あぁ、自由にするといい。
純血でありながら、世界を見る一族よ。
何処へなりとも行くがいい。
獣は静まったのだから〉
「…あぁ」
───
そうして終えた調査ではあるが、まだ開拓が終わったわけではないので引き続き調査が続く。
エーテルの一部を交換したような儀式だったからか、あの日以降のエーテルや獣の衝動による不調は目立たなくなった。
因みに戦歌隊は無事に戦歌を見つけたという。
ただし言語が分からないので、解読が必要とのこと。
「それで、アリスは?」
「連絡を入れたら長電話だった」
「相変わらずだねぇ」
「当分はあの調子だろう」
「ほほう」
「そういえば姉さん、1つ気になったことがあるんだが」
「ん?」
「姉さんの左目は実際にないんだろう?
今のその目はどうしたんだ?」
「あぁ、これかい。
義眼さ。義足や義手といった体の一部となり支えてくれる物を作っている錬金術師がいてね。
今も定期的にお世話になっているよ」
「そうだったのか」
「まぁ詳しい話はまた今度だな」
《形程度であったが、儀式を完遂したことでお前たちにも痣が見られるだろう。
びっくりしないでおくれよ、それは白き花と黒き蝶の運命だからだ》
それが最後に言われた一言。
自分の体など見ることもなかったが、そう言えばどこに痣があるのだろう。
「「なぁ」……姉さんから」
「あーいやその、多分同じことを聞こうとしたけど…お前の痣ってさ、どこにあるんだ?」
「あまり自分の体など見ないから、まだきちんとは把握していない。
姉さんは?」
「右肩だ」
「右肩」
「見てみるか?」
「…って言いながら脱ぐな脱ぐな!」
「大丈夫さ!下着は着ている!」
「おい!」
お構いなしに服を脱いで背中を見せるガウラ。
後ろから見ると確かに右肩にある。
五枚花の痣…色は白く手のひらくらいの大きさだ。
「私の予想としては、ヘリオの痣は左肩だな」
「どうして」
「双子だからさ」
「………」
渋々と左肩を出してみると、同じように痣があった。
まるで鏡合わせかのようで、逆に恐ろしい。
「……黒き一族が痣を持っているなら、繋がりを持つ白き一族も持っていてもおかしくなかったということか」
「恐らくな。
それでどうするんだい?
私は今のところ『急いでまで一族について知りたい』とは思っていないのだが」
「……俺も少し疲れた。
しばらくは調査も休憩だ」
「よーし、ならばアリスの家に行くぞ。
お前を借りてそのままだったからな!
手土産にはチョコレートエッグだ」
「なぜ」
「エッグハントさ!
本当にお前はこういうイベント事に鈍いねぇ」
「…」
鈍いと言われほんの少しムスッとしたような弟をよそに、姉は出かける準備を始めた。
今回は儀式の内容の理解と完遂に成功したが、なぜあのサキュバスが集落にいたのかや、白き一族のニンゲンにはそれぞれ獣と呼ばれるものを抱えていることの謎、集落の再調査などをまだ残したままとなっている。
いずれまた双蛇党から依頼が来るだろうと思い、ヘリオも暫くは頭を休めようと決めたのだった。
この後、ヘリオと再会したアリスは満足するまで愛を表現しまくったそうだ。
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