Extra7:軍歌
譜面紙と筆。
紙には黒い丸が沢山書かれている。
オタマジャクシのようなそれをヒトは音符と言う。
ミコッテの女性は楽器の弦を調整しつつ、何かを閃いては筆を取り音符を足していった。
吟遊詩人の師、ジェアンテルから宿題として詩を1つ作ってくるように言われていた。
1人演奏用の譜面を作るのは、簡単に見えて実に難しい。
勿論多人数用の譜面も同等だが、これもまた別の難しさを感じる。
「ここ、音程変えた方が綺麗にできないか?」
「わぁ!?…びっくりした、いつの間に部屋に来ていたんだい?」
「…ノック、したんだが」
女性が振り返るとミコッテの男性がいた。
女性と似た面影の男性は相変わらず無表情で譜面を見る。
「それでヘリオ、武器の調整はできているのかい?」
「今できる範囲はやり終えている。
ただ、まだ防具を調達できていないからスケジュールを見て調達しなければ」
「私はそっちに行けないからねぇ、頑張っとくれ」
「あぁ、最近の姉さんは援助活動が多いからな。
それで、何の曲を作ってたんだ?」
「あぁ、ジェアンテルさんからの宿題さ。
久しぶりに会ったら作ってきてほしいと頼まれて。
今回はヴァイオリンが主体らしい」
そこまで言うと、彼女はまた譜面に音符を書き足した。
今の彼女の頭は音楽で溢れかえっているらしい。
それはノックの音にも気づかないわけだ。
そんな様子の彼女の横で、ヘリオは譜面を見つめる。
暫くすると場を立ち去りどこかへ行き、数分後に帰ってきた。
手にはヴァイオリン。
机の端に軽く座ると再度譜面を見つめ、一呼吸を置き演奏を始めた。
女性はその音色に耳を傾けつつ譜面に音符を足していく。
音が音として聴こえると、より想像がしやすくなった。
弾いていたヘリオはこの音色に聴き覚えを感じた。
「吟遊詩人が戦闘時に扱える主な戦歌を3つの軍歌と言う。
賢人のバラード、軍神のパイオン、旅神のメヌエット…個々でも強力な歌だ。
なればそれら3つの軍歌を合わせればどうなるか?」
「…単純に答えるなら、より強い力を発揮できる」
「あぁそうだ。
ジェアンテルさん、宿題を渡してきた時にある譜面も寄越してくれたんだ。
実はその中身が3つの軍歌でね、それはまるで『上手く融合させてみろ』とでも言いたげだったよ」
「…だから、聴き覚えのある音色だったのか」
元々別々の歌を合わせることは以外に難しく、ただ連ねるだけでは成立しない。
箇所によっては音を外し、足し、転調させ、そうしてようやく1つに纏まり始める。
そうしてできあがったものをヒトは何と言うだろう。
大半は駄作と言われる。
折角の良い曲を合わせるだなんて、というのが主な理由だ。
結論としては、この宿題は難題だということ。
元々が良い曲を融合させ更に良くしろだなんて、誰が言うだろうか。
「あの爺さんは何を考えてるんだ」
「…吟遊詩人の更なる強さ、だろうね」
「今でも支援力は強いだろう」
「だがそこで満足しないのがプロなのさ」
「……」
ヘリオの納得いかないような表情。
この表情も何度見たことか。
それでもこいつの表情は増えたと思っている。
「そうだな、お前みたいに無愛想な奴でも柔らかくなれるような…そんな歌を私も作ってみたいよ」
「…俺はもう出かける」
「ははは、行ってこい行ってこい」
今のは照れ隠し。
とか思いながら彼は本当に出かけたので、また静かになった空間で彼女は音符を書き始めた。
「暁月の下、奏でるは第4の軍歌。
護り高揚し、それらは偉大な一撃となる。
未だ無題の軍歌は、弓を掲げる者の行進曲となろう…」
メモのように乱雑に書いたその歌詞をなぞり、女性は満足したような表情を見せ譜面を抱え外へ出かけた。
未完成のままの譜面は、一体どのようにして完成されるのか…この先も楽しみだ。
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