Main:1-13 何でもない日
夢を見たんだ。
無気質な表情で見つめる私と、それが何なのかを認識できていない私がいる夢。
無気質な私は、男なのか女なのか分からない。
分からないけど、なぜだかそれが私自身であることだけ分かっていた。
俺は、あんただ。
いいや、違う。
私は私だ。
だから…お前はお前だよ、ヘリオ。
─────
泣きながら帰ってきた昨日は、結局家に着いたあとどうしたか分からずいつの間にか眠っていた。
目を覚ますとベッドの上で、外からの太陽の光が差し込んでいた。
ぐぅ…と腹の虫が鳴く。
そういえば作ってくれてた夕飯を食べ損ねていたと少しばかりしょんぼりした。
軽く髪を整え自室からリビングへ向かう。
目元が少しヒリついたままなので、大分泣いたんだと思う。
我ながら珍しいというのが感想だ。
空腹による機嫌の低さはどうも顔に出ていたらしく、ヴァルには変な勘違いをさせてしまった。
お陰様で後日フロンティアドレスを来てリムサ・ロミンサでランチをしようと約束になった。
それはまぁいいのだが、結局昨日の件を彼女には話していないままだった。
そう気づいたのは昼頃で、彼女は既に用事で出かけてしまった後だった。
《おはよう、姉さん》
「やぁヘリオ。
今日は用事あるかい?」
《いや、ないが…》
「だったら昼過ぎに来てくれないかね?
…話があるんだ」
《分かった》
ヴァルにも追々話すことだが、弟のヘリオにも話さなきゃならないだろうと思い連絡を取ってみた。
運良く暇をしていたらしいので、茶会を開きつつ話をしようと思う。
夢で言ったあの言葉が、私を前に進ませてくれた。
─────
「ちょうど姉さんに聞きたいことがあったんだ」
そう言ってヘリオが訪ねてきたのは14:00頃。
こちらも相当暇だったらしく早めに来たんだそうだ。
手には…ぬいぐるみ?マメット・ミスラのようだがとても白い物を持っていた。
「姉さんの件から。
昨日、故郷へ帰ったとは聞いていたが…報告がなかったからな」
「あぁ。
アリスの使った術式を、私も聞いたことがあるとは言っただろう?
あの件について、分かったことがあったんだ」
「ほう」
「まず1つ、どこで聞いたかだ。
僅かに残っていた時魔法と地脈、私の超える力が作用して過去の一部を視たのさ。
私はあの術式を、過去の儀式で聞いていた」
「儀式…それなら俺が知らないのも辻褄が合う。
俺はあんたの記憶を持ってはいるが、何故か儀式前後だけは記憶がないからな」
「あぁ。
次に、誰から聞いたかだ。
結果から話すと、アリスと同じく始祖の声から聞いたものだった。
私の場合は、儀式を通じてだけど」
「リガンは心に始祖を持つ…ヘラは幼く管理者にはなれていないが、その言葉だけはよく教えられていた。
心に宿す始祖の想いが、声に変わったのか」
「そうかもしれないね。
最後に、ヘリオが何故儀式前後の記憶を持っていないのかだ。
論点がズレると思うが、恐らくの原因だろうと思う」
「ほう?」
「…あの儀式、妖異を引き寄せた原因が、ヘラだったからだ」
「……は?」
「ヘラは最初、始祖の声に従い術式を唱えた。
けれどその際に大きな力が出たんだろうね…妖異が惹かれてやって来たのさ。
奴は幼く未熟なヘラを混乱させ、始祖の声を遮り術式を書き換えた…。
魔法は完成する訳もなく、ヘラはヴォイドゲートを開けてしまった」
「……事実か?」
「あぁ。
超える力も作用した時点で、事実だ」
ヘリオでさえ静かになる内容だった。
自分たちが分かたれる前のヘラだった頃、儀式で事故を起こし集落を壊滅させたのが始祖の純血である自分だった…知らされた事実は、とてもじゃないが残酷だった。
「まぁでも」
「?」
「過去がどうあれ、その事実があったから私たちがいる。
今まで通り、私は私だしお前はお前だ。
この事実を知った上でどうするか…私はそれを考えたい」
「…フッ、あんたらしい」
「だって今生きているこの時間だって、事実だしな?」
ヘラではない、ガウラだからこその答えだった。
こういう奴だからこそ、英雄なんだろう。
「とまぁ報告はこんな感じだ。
次はヘリオだぞ?持ってきたそれ、なんなんだい?」
机にちょこんと座らせている白いマメット・ミスラを見るガウラ。
自分たちの姿にも似ているが、目の色や髪は全然違う。
「母さんが憑依しているタイニークァールがあっただろう。
姉さんが持ち歩いていたミニオン」
「あぁ、そういえばミニオンを貸したままなのか」
「四足歩行もそうだが、ミニオンだからどうにかした方がいいと思ってな。
錬金術師ギルドに寄って作ってもらったんだ」
「いい出来なんじゃないかい?
誰かが憑依することを想定して作っているんだろう?」
「あぁ、媒介として空の無属性クリスタルも組み込まれている。
後日持っていくつもりだが、姉さんは着いてくるか?」
「んー、私は今回はいいよ。
調べたいことは調べられたから、少し休憩さね」
「分かった」
─────
互いの報告を済ませ、残り時間を茶会で潰していく。
今日は菓子もないので紅茶と読書だ。
私はあまり本を読む性格ではないが、ヘリオは黙々と読んでいる。
そんな姿を見るのも飽きないが、手を動かしてないと落ち着かないので楽器の整備を始めることにした。
この前、戦闘中に琴の弦が切れてしまっていたのを思い出したからだ。
楽器だが、戦場を歩く者が持つ故に寿命は短くよく壊れる。
それは敵からの攻撃だったり、自身が力を入れすぎたり。
「そういえば」
「なんだ」
各々手を動かしながら話す。
先に声をかけたのはガウラだった。
「エーテルは器の姿を記憶してるんだよな?」
「あぁ、そうだな。
……あんたがエーテル学を齧ってるとは思わなかった」
「なんだい私が脳筋だとでも?
まぁそれはいいや…さっきの事が事実だとすれば、お前も例外じゃないんだよな?」
「…あぁ」
「…なんで、男の姿なんだ?」
「………」
そう言われればそうだった。
エーテルは器を記憶し、自然と還元されていく。
そう考えればエーテルは器の姿を記憶…エーテル体も器の姿を記憶しているということになる。
となれば自然とエーテル体は器とかけ離れた際に器と同じ姿をかたどろうとするはず。
それはガウラとヘリオにも言える話で、本来であればヘリオはガウラと瓜二つな性別や姿になっていることとなる。
ガウラは女だ。
ではなぜヘリオ男の姿なのか。
「まぁ目の前に鏡のような奴がいるのも違和感だし、お前お前だから否定するつもりもないんだけど。
疑問ではあるよな?」
「そう、だな」
「理由ってあるのか?」
「いや、正直分からない。
が、思い当たるものはある」
「ほう?」
読んでいた本を閉じ、茶を飲み一呼吸入れる。
「……10歳の頃、儀式の後の話だ。
大人でも子供でもない俺は、ジシャの最期の声に従いあんたを外へ連れ出した。
姿はまだ不完全だったが、俺は既に実体を持っていたからできたことだな。
だが知識がなさすぎた…満身創痍のあんたを治療する術を俺は知らなかった」
「ヘラの記憶を持ってしてもか?」
「記憶だけを持っているだけで、知識は継承していない。
…木の根元で寝かせ考えていると、誰かの近づく足音が聞こえてな。
どうやらそれに気を取られてしまったらしい、俺の姿が揺らいで、気づけば風のエーテルに乗せられて空を舞っていた」
「エーテル体で実体があったとはいえ、媒介が小さな目玉だもんな。
不安定ではあるのか」
「あぁ。
流れ着いた場所が、クルザスだった。
俺が暗黒騎士になることになったのも、ここに着いたからだな。
フレイという男を知っているか?」
「暗黒騎士と供に在る影身だろう?
フレイは死した者、そこに暗黒騎士のソウルクリスタルが働き負の感情が宿った」
「負の感情をエーテルと考えると、エーテルは死んだ人間に宿ることもできる。
俺はそうはしなかったが、[女の姿は立場上不利になりやすい]からな…ヘラの記憶を辿ることにした。
記憶に写る誰かであれば、その姿になれるのではないかと思った」
「ある意味憑依に近いな」
「男の姿を探していると、いつも傍にいた男が記憶の中にあった。
そいつはあんたにとてもよく似ていた。
そりゃそうだ、俺が記憶で見たそいつは俺たちの父親だったから」
「……つまりその姿は」
「父親に[似た]何かだ」
「ん?」
「[エーテルは器の姿を記憶している]と言っただろう。
男の姿を探してその姿になろうとしたのは良かったが、根っこが記憶しているのはあんたの姿だ。
形作ろうとした際に色々混ざったんだろうな…父親そのものの姿はできず、性別と体格くらいしか父親と同じものは取れなかったよ」
ガウラの眉間がぎゅっとなる。
経緯としては分かったが、理解しきるには時間が欲しいタイプだ。
ヘリオはそんな彼女を見ながら茶を飲む。
「なんか、その、すごいな」
「……俺も途中で自分が何を言っているのか分からなくなってきた」
「つまりだ、記憶の中にあった父さんの姿とエーテルが記憶していた私の姿を足したのが今のお前の姿ってところだな?」
「そういうことだな…」
納得したのか満足そうな顔になるガウラ。
ヘリオも話し終えてホッと息を着く。
そういえば彼はここまでお喋りではなかったな。
─────
茶会を終わらせヘリオと別れたガウラは、片付けをしながら鼻歌を歌う。
ついでにヴァルが夜に帰ってくるだろう時間に合わせて夜食の準備を始める。
レパートリーが少なくそれ程得意ではないが、やはり旅人間だからか簡単な物は作れる程の腕はある。
焦がすことは少なくなった気がする…。
作り始めた時間が早かったので、料理に合わせてパンも作る。
丸々と形作り発酵させ寝かせた後に焼き始めると、扉の開く音がした。
「ガウラ〜!おじゃましまーす!」
「ナキ!?」
キッチンからは姿が見えないが、足音が4つとナキの声が聞こえた。
料理の準備をしつつ顔を出すと、ニコニコとしてるナキと後ろでため息をついているヴァルがいた。
この2人が揃うのは初めてな気がする。
「な、なんだその組み合わせ…?」
「あたいが聞きたい」
「だって遊びに来ようとしたらちょっと後ろの方で気配がしたんだもの。
なんだか面白くなっちゃってアン・アヴァンで逃げたら追いかけて来てたから、黒き一族だぁって思ってね!
止まって大声出したの、[だぁれ?]って!」
「あんな大声を出されたら流石に出ざるを得なくてな…」
「ルヴァくんもそうだけど、ヴァルちゃんも分かっちゃうんだよねぇ」
なんだか恐ろしい発言をしていってるナキ。
だが確かにナキの言う[分かっちゃう]は理解できる。
「「気配がなくても視線が痛い」…あ、やっぱりガウラもそう感じるの!?」
「あぁ、そういえばそうだったなぁと。
なぁ?ヴァル」
「………」
「そういえばいい匂いする?」
「あ、そろそろ焼けたかな?
ナキも食べていくかい?シチューとサラダとパン、用意してるんだが」
「いいの!?食べる!
ナキ、ヴァルちゃんとも友だちになりたいし!
ご飯食べながらお話しましょ!ね!?」
「お、おい分かったから手をそんなに振るな…」
珍しくナキのペースに呑まれ困った顔をするヴァル。
ヴァルの手を握りブンブン振り回すナキはお構い無しにトークを始めた。
焼きたてのパンに温かいシチュー、数日前にネネとトト経由で送られてきたルビートマトをアクセントにした野菜サラダ。
足りなければ各自勝手に作り始めるだろう。
マシンガントークのナキを一旦止め、2人に料理が並んだのを伝えると、各々席に座り始めた。
手を合わせ「いただきます」というのは、オサード地方から来た文化なんだよとナキが言い、それに習って手を合わせる3人。
ヴァルは既に彼女達の流れに乗せられている。
2人での食事もイイが、今日みたいな賑やかな食事もイイと思った。
思わぬ客人が来たので、10歳の儀式での事実は次の日にヴァルへ話すことにした。
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