Main1-12:それは知りたくなかった過去だった
白き時 無の中に1つの色
色はとても強く 白は色に染められる
黒き時 有の中に1つの色
色は儚く 黒は色を飲み込んだ
白と黒が混ざる時 2つは1つの色となる
1つに交わる色を持つ者
新たな未来への 扉開かれん
リガンの血を受け継ぐジシャでさえ、一部は聞いた事のない術式。
ヘリオ…ヘラの記憶上でも、聞き覚えはない。
だがガウラはどこかで聞いたことがあると言った。
アリスの謎が大方解けたというのに、今度はガウラが謎を抱えることとなった。
─────
『今日はガウラなんだね』
「流石に知らないままじゃダメだと思ってね。
それにアリスの使った術式も気になったんだ」
『確かに、最後の術式は私も聞いたことがないが…。
管理していた書物が残っていれば調べられるだろうに』
「それなんだけどさ」
『何か問題でもあったかい?』
「…私、あの術式を何処かで聞いた記憶があるんだ」
『え?』
ヘリオは知らなさそうだったけど。
そう言いながら以前杖を見つけた家屋の瓦礫を退かすガウラ。
ヘリオが知らないのは当然だと考えるジシャは、軽々と瓦礫を退かしている彼女を見つめていた。
『…以前より力が増しているかい?』
「以前みたいに急激に強くなった感覚は今のところないけど、緩やかには伸びてる感じかな」
『その件についても何か調べないとだね。
ヘリオの魔力はどんな様子だい?
白き一族の魔力は衰えを知らないから、同じように強くなってるとは思うのだが』
「強くなってるよ。
ただ強くなっているから賢具の方が耐えれなくなってきつつある感じはするね」
『武器はそれぞれ抱えられるエーテル量があるから…あれは差程大きくないのかもしれないね』
「だろうね。
…母さん、これなんだい?」
『それは…お玉かい?』
あまり母娘らしくない会話だが、仕方がないだろう。
すると誰かの腹が鳴った。
ジシャがふとガウラを見ると、彼女は少し顔を赤らめキョロキョロしていた。
『…ふふ、誤魔化すのは本当に下手だねぇ。ヘラの頃と何も変わっちゃいない!』
「!?
でもそうか、もうお昼時だったんだな」
ガウラが空を見上げると、太陽は真上に来そうな頃だった。
『ガウラはちゃんと太陽の位置で時間が分かるんだね』
「母さんは?」
『私は苦手だったよ。
さぁ、昼食にしなさいな。ここへ来るくらいなんだから用意はしているんだろう?』
「あぁ。
ヴァルが作ってくれたのがあるよ」
『へぇ、あの子が』
「あぁ見えて表情豊かでさ、微笑んでる顔とか可愛いんだよな」
『ほう…?』
1度だけヴァルを見たことがあるジシャ。
あの時の彼女はアリスに対して無愛想な物言いだったことを記憶している。
それとは裏腹に、ガウラは彼女のことを表情豊かだと言った。
ガウラの前だけでは気が緩むんだろう…それはそれで微笑ましいのかもしれない。
荷物からバスケットを取り出す。
蓋を開けると中にはサンドイッチが入っていた。
母さんも食べる?
そう言いながら1切れを蓋に乗せ差し出すガウラ。
タイニークァール的にはそれで十分な量。
折角だからと頂いた。
愛情のある優しい味だった。
ガウラもそれは感じるようで、横目で見ると美味しそうに頬張っていた。
『愛されてるねぇ』
「え!?」
『なんでもないさ』
─────
少し休憩を挟んだあと、作業を再開した。
話によれば、ガウラはイシュガルドという雪国で復興作業を手伝っていたそうだ。
その経験もあるからか、瓦礫という瓦礫は少しずつ綺麗に片付いていく。
使えそうなものは再利用、使えないものは分別して肥料にできそうなものは保管する。
銅鉄製のものは再加工行き。
前回の作業も相まって、1軒の半分くらいは綺麗になった。
『これも冒険の賜物かい?』
「そうだな!」
そんな話をしていると、瓦礫の底から頑丈な箱が出てきた。
まぁまぁ大きなサイズで、劣化も殆ど進んでいないあたり特殊な加工か魔法でも掛けているのだろう。
引っ張り出してきたガウラはそれをジシャに見せる。
どうやらこれが探していた資料の一部らしい。
基本的に書物に記し保管される一族の歴史…かなりの重さだったので膨大な量となっていることは変わらないだろう。
だが鍵穴もないというのに箱を開けることができなかった。
箱が変形しているわけでもない。
「どうすれば開けられるんだ?」
『魔法を解除できれば開けられそうだね。
ただ、これに掛けられている魔法を解くことは、今の私では体が魔力に追いつかないかもしれない』
「困ったな…」
うんと唸っていると、ジシャは何かを思いついたようで1つ提案をした。
『杖だ』
「杖?
この前アリスに触らせていた?」
『あぁ。
想定外とはいえ、彼があれだけ膨大な魔力を注いだんだ。
その魔力を糧にできれば…』
「ちょっと待て、それを私がやれって?」
『体内エーテルの量は把握している。
けれどお前はヘラだ、今がどうであれ心は魔力を覚えているはずだよ』
困った顔をする。
だが現状を考えてそれができるのはここにいるガウラだけだ。
大事に置かれていた杖を引っ張り出し箱の前で構える。
持ってみると見た目以上に重さを感じる。
彼女も記憶がないとはいえリガンの血を引く者…案の定杖はガウラを拒否することはなかった。
「……、ふぅ…」
『緊張しなくてもいい。
…一旦お前の魔力を少し杖に与え、杖と身体に馴染ませてみよう』
「分かった、やってみる」
目を瞑り意識を集中させる。
僅かな量だが杖に魔力を与えると、馴染んだのか重さを感じなくなった。
『心に聞いて…心底に眠る術式を描いてみるんだ』
「……」
記録は記憶
記憶は記録
記録は我らの生き様を
記憶は我らの思い出を
解く者 我らの総てをを管理する
頭に浮かぶ術式を口ずさむと、足元と箱の上に陣が展開され鍵を開ける音が聞こえた。
身体に違和感がないので、殆どの魔力は杖に込められたエーテルで補えたのだろう。
『開いたようだよ』
「…よかった」
『中身は無事かね?』
「焼けたりはしていないようだよ」
『なら解読も早そうだ。
どうする?中身を見てみるかい?』
「見てもいいのかい?」
『本来記録の閲覧が許されるのはリガン家のみだ。
記憶がなくてもお前もリガンの者なんだから、構わないだろう…といってもこれだけの惨事を考えると伝承も何もないようなものだけどね』
[それにお前も知るためにここへ来たんだろう?]
そう言われ苦笑いするガウラ。
確かに本来の目的には沿っている。
ガウラは中を探り見つけた本を手に取る。
表紙には[心に眠る始祖]と書かれていた。
─────
[心に眠る始祖]
リガンの血を引く者は、総じて心に始祖の想いを持っている。
情、力、姿、声、志。
それぞれだが、少なからず1つは抱えて産まれてくる。
それとは別に始祖の杖には術式が組まれており、それに触れた者は始祖の術式を心に刻み覚える。
杖自体なくとも、杖の欠片でも覚える場合がある。
欠片は族長が管理しているため、無くなることはない。
記録の管理が絶えず行える理由の1つでもある。
だが始祖の想いを持ってしても、彼らは1度も始祖の声を聞いたことがない。
理由は分からない。
ただただ心が始祖の想いを知っているだけなのだ。
もし始祖の声を聞く者が現れたなら…
「……」
『…アリスが、聞いた声が始まりの祖だというなら』
「記録者の悲願が達成されたということになるな」
『ガウラは、聞いたことがあるのかい?』
「さぁ、どうだろう。
でもアイツの使った術式を聞いたことがあるってなら、私もどこかで始まりの祖の声を聞いたんだろうとは思うよ」
本を閉じ箱に戻しながらそう言った。
すると何かを感じたのか、目線を上げ周りを見渡すガウラ。
『どうしたんだい?』
「……女の、子?」
『?
私には何も見えないが…』
同じ方をジシャも見るが、何も目に映っていない。
ガウラはじっと見つめ、目に映る何かを見ている。
するとジシャはエーテルの流れを感じた。
時魔法だ。
まだ全てを解けていなかったのかと思ったが、どうもそれとは違う何かを感じる。
先程ガウラが使った術式の影響だろうか。
ガウラの目に映る女の子は、どことなく幼い自分に見えていた。
【白き時 無の中に1つの色
色はとても強く 白は色に染められる
黒き時 有の中に1つの色
色は儚く 黒は色を飲み込んだ
白と黒が混ざる時 2つは1つの色となる
1つに交わる色を持つ者
新たな未来への 扉開かれん】
「!?」
目を見開き片手で左眼を押さえる。
私はこれを、知っている。
【扉開く者 赤く染め上げよ
白を飲み込む黒よ 光を包む闇よ】
違う。やめてくれ。
【代償は、開く者の全てのチカラ】
イタイ。
【武と魔、ここに捨て去り
異形の扉 悲劇を与えん】
ワタシが、元凶だったんだ。
─────
『……ラ、ガウ…!
ガウラ!!』
「ッ!?」
目を覚まし体を起こす。
いつの間にか倒れていたらしい。
ほっと息をついたジシャは、心配そうに声をかける。
『急に悲鳴を上げて倒れたものだからびっくりしたよ…。
どこも痛くないかい?』
「あ、あぁ……左眼がズキズキするくらいだ」
まだ心臓がうるさい気がするが、左眼の違和感以外は痛みも特に感じなかった。
左眼を押さえたまま先程女の子がいた場所を見ると、そこはもう何もなかった。
『時魔法のエーテルを感じた…。
ガウラが見たものは、恐らくその作用で起きたものだろう』
「…時魔法は、過去を映すのか?」
『地脈が記憶していたら、残る可能性はあるけど…実例は少ない方かな。
他に考えられることがあるなら、[超える力]だろうか』
「知っているのか?」
『私はヘリオの中で眠っていたからね…軽くだが聞いているよ。
お前の超える力は、人の過去を追体験するとね』
どちらにせよあまりいい気分ではなかった。
左眼の違和感もなくなってきただろうか、そう思いそっと手を離す。
『……おい、どうしたんだいその傷!』
「え……?」
顔に何が起きているかは分からない。
ただ、押さえていた方の手を見てみると、血がついていた。
ジシャが白魔法を使い傷を癒すと、違和感が完全になくなった。
『まるで抉ろうとしてできたような傷だね…もう痛くないかい?』
「あぁ、ありがとう…」
傷跡はまだ残ったままだろうが、止血もできているので問題はないだろう。
しばらくして2人は落ち着いたのか、先程の件について話し始めた。
ガウラが見たものは間違いなく幼い頃のヘラだろう。
背丈からして10歳程…それは儀式を行う歳でもある。
当時のジシャは付き添いとして少し離れた場所から見ていたので、あの一瞬に何が起きていたのかはきちんと把握できていなかったそうだ。
アリスと同じ術式を行ったとなると、あの瞬間にヘラも始祖の声を聞いた可能性がある。
だがそこに力に惹かれた妖異が乱入…まだ未熟でもあったヘラを混乱させ術式を書き換えてしまった。
どういう経緯であれ、あの時の事故は混乱したヘラが起こしてしまったということになる。
「…そりゃ、ヘリオの記憶にも残ってないわけだ」
『彼そんなことを言ったのかい?』
「あぁ、儀式前後のことだけ記憶がないって」
『なるほど…』
「……すまない」
『なぜお前が謝るんだい。
確かにお前は武力も魔力も強かったが、妖異がそれに惹かれてしまっただけじゃないか。
起こるべくして起きる未来は、経緯がどうあろうと結果が変わることはない…起こしてしまった過去は、認め受け入れるだけだよ』
日が暮れそうだから、もう少し休憩したら帰りなさい。
そうジシャが言うと、ガウラは素直に頷いた。
─────
夜になる頃に家に着き、出迎えてくれたのは夕飯の支度中のヴァルだった。
「おかえ、り…」
「…た、ただいま」
ガウラの顔に残ったままの傷跡を見て表情が強ばる。
ガウラは彼女に目線を合わせようとしなかった。
顔がどんどん下を向いていく。
「はぁ…怪我をするのは仕方がないとはいえ、これだけの傷跡を顔に残すなんて…」
「ごめん」
「傷のケア、するから早く着替えて─」
「……ごめん、なさい…」
「ガウラ?」
立ち止まったまま俯いているガウラ。
様子が変だと感じたヴァルはそっと彼女に近づき、前かがみになり顔を覗き込んだ。
ガウラの眼から今にも涙が落ちそうだった。
それを見て珍しくギョッとするヴァル。
「が、ガウラ?どうしたんだ?」
「ごめん、ヴァル…っ。
私が、僕じゃなくなったのは…私がっ…!」
ボロボロと泣き始めたガウラをそっと抱きしめ撫でる。
結局この日は泣き疲れて眠ってしまい、用意してくれた夕飯も知った過去もそのままとなった。
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