Extra13:残された者の足跡
死を前にする友に、微笑んだ。
その顔を見た友は、満足そうだった。
彼と供に貫かれた盾を持ち、彼の想いを背負って、私は魔大陸へ進んだ。
憎かった。
友を奪った相手が。
前後の経緯をあまり覚えていないということは、そういうことだろう。
けれど歩みは止めなかった。
止まってしまうと、そこで崩れそうだったから。
ならば、止まるのは彼の墓前だけでいい。
竜詩戦争を終結させ落ち着き始めた頃、私は彼の墓に訪ねた。
─────
「……」
ニメーヤリリーを持って墓前に佇む。
投げかける言葉は思いつかないし、相手もいない。
今日のクルザスは晴天で、ここから見るイシュガルドはとても綺麗だ。
旅の寄り道に彼が私をここへ連れてきて、話をしたことがあったのを記憶している。
追われる身となってすぐの頃、寝付けずエーテライトを見上げていたのを見つかってしまったのだったか。
晴天の夜中で、星もよく見えていた。
『イイ場所があるんだ!』
そう言って連れてこられた場所がここ。
連れてこられてキャンプ・ドラゴンヘッドに戻るまでは、特に会話はしなかった。
私の心の整理を、それによって目の色が変わる様を、彼はただじっと見ていた。
彼との無言の会話は、それが最初で最後だ。
「…なぁ。
あの時、何を考えていたか、知ってるかい?」
ニメーヤリリーを供え問う。
答えるものはもちろんいない。
「星になってしまえたらと、考えていた。
そうすれば、ただ燃え盛り輝いているだけの存在になれたのに…英雄という名を捨てることもできたのに…。
お前が私を[友]と言うせいで、死ぬことも叶わなかった…!
なのにお前は!僕を置いて先に逝った!
僕より先に星になって!
僕の想いも聞かずに、僕に想いを託すだけ託してさ!」
それで満足か!
投げやりになった声は拾われることもなく響いた。
ボロボロと流す涙を拭う者もいない。
彼女自身も、慰めてもらおうとは思っていない。
ただただ、あの時言えなかった言葉を、伝えるだけ。
「友と呼んでくれたのは、お前だけだったんだ。
英雄ではなく、私自身を見てくれたのも、お前だけだった。
それだけなのに、私は救われたんだ。
それだけでよかったのに…お前は騎士として最期に、英雄の盾となって私を守った。
あの時だけだ、オルシュファン…お前が私を英雄として見たのは」
涙を乱暴に拭いながら、言葉を続ける。
彼女は左眼が機能していないので、涙は右眼からしか流れない。
右眼の周りだけ赤く腫らし、じっと墓を見つめる。
「お前の望み通り、私は前を見て先に進む。
英雄にとっての悲しい顔だって、これが最後だ。
……お前の盾もここに置いていく。
真新しい盾を、代わりとして頂いてしまったし。
英雄の旅は終わらないから…また今度、話に来るよ」
墓に被った雪を優しく払いそう告げる。
顔を上げた彼女の顔は、先程と違い清々しい表情だった。
─────
アラミゴの解放、ドマの解放。
彼の地を占領していた帝国軍を退け停戦状態となり。
ギムリトで惜しくも倒れ、気づけば第一世界の闇の戦士となり。
「…」
「あの…」
「……」
「闇の戦士殿?」
「ふぇ!?」
「あぁ、気づかれましたか。
ぼうっとしていたので声をかけたのですが…お疲れですか?」
「え、あぁいや、そうじゃないんだが…考え事をしていて」
いつの間にか近づいてきていたのはライナだった。
様子を見るからにクリスタリウムの警備中だろう。
エクセドラ大広場の階段隅で持っていた飲み物をそのままにぼうっとしていた彼女の様子を伺っている。
「考え事ですか?」
「色々あったなぁと」
「そうですね…公が貴女をここへ連れてきて、一つ一つ光が払われ──」
「それもだけど、もっと前から」
「もっと、前ですか?」
「あぁ。
ライナには話したことなかったなぁ…」
「失礼でなければ、聞いても?」
「…いいよ。
ただ長くなりそうだから、ライナの仕事のあとで。
水晶公のところで」
「分かりました」
クリスタリウムの敬礼をし、仕事に戻るライナを見送る。
闇の戦士…ガウラは1つ伸びをすると立ち上がり、残っていた飲み物も飲み干しクリスタルタワーへ向かう準備を始めた。
─────
門番は別の衛兵団だ。
話をつけ中に入り、一つ一つ階段を上る。
水晶公が眠るのは最上階だ。
クリスタルタワーの調査やエリディブスを追いかけていた頃にも通っていたので、道は覚えている。
「……やっぱりここは空が近いや」
考え事をしつつだと、あっという間に最上階に辿り着いた。
夕陽が沈み、星が見え始める時間帯だった。
中央に鎮座する水晶公が、光の反射でキラキラと輝く。
「やはり貴女の方が早かったようですね」
「おやライナ、仕事お疲れ様」
「ありがとうございます」
「…私服は見慣れないな」
「よく言われます」
本日分の仕事はもうないのか、私服姿でやって来たライナ。
女性だが真面目さがあるのかシンプルな服装だ。
機動性抜群、緊急時でも衛兵団として動けるようなスタイル。
「私の世界には、5年前に衛星ダラガブが衝突した」
水晶公の方へ歩きながら、話を始める。
「衛星、ダラガブ?」
「神を封印していた、大きな隕石さ。
そいつは眠りを妨げられたことに怒り、世界を壊そうとした…。
それに抗いフェニックスの加護を授かり、神を一時的に退け5年間の静寂を与えた者がいた」
「……」
「私達の住む世界が新生した話だ」
水晶公に目を向けながら話を続ける。
ライナはそれをじっと聞いていた。
「私が冒険へ出たのは今から3年程前だ。
18歳の頃で、当時はただただ冒険者として旅ができればと考えていただけだった」
「3年前ですか…」
「ここと向こうは時間の流れが違うから、違和感だよな?
…それが気づけば英雄の旅路になっていたんだ。
私が超える力を持っていたからだ」
「超える力…」
「あぁ。
コントロールはできないが、私の場合は過去を視る力と限界を超える力、それから神に抗える力を持っていた。
3つめの力に目をつけた上の者達が、冒険者部隊という位置づけを作り、私という英雄をそこへ入れた」
「神と戦ったということですか?」
「あぁ。
当時は神降ろしが問題の1つになっていてね。
名声を得たのも束の間で、私は気づけば追われる身となっていた。
逃げた先にあった雪国での戦争問題を解決しつつ、事の原因も解決しなければという事態になっていたよ」
「天と地がひっくり返るような事案ですね」
「そこで出会った盟友も、志を供にした仲間も、私が前へ進む為に命を散らした。
英雄の名声は上がる一方だ。
それらの問題が解決されたと思えば、今度は2つの国…地方の奪還作戦と来た。
私は解放者として戦場に立った。
私がいなくても、彼らの志なら成し遂げられただろうに…」
「闇の戦士殿…」
「結果としては成し遂げることもできたから、私の名声は更に上がるわけだ。
後はこの地に来て以降の話だよ」
「…英雄という座は、物語とは違うのですね」
「そうだよ。
とても窮屈で、私にとっては嫌な地位だ。
彼の前では言いたくないが、私は英雄という言葉が嫌いだったよ」
そこまで言うと、ガウラは目線を下ろした。
ライナは水晶公と彼女を交互に見る。
静寂の時が流れる。
暗くなった空に輝く星も、静かに動いている。
「……でも」
ふとガウラが空を見上げる。
「後悔は、もうしていないかな」
「それは、なぜですか?」
「だって…その経緯がなければ、今の私はいなかっただろう?」
「…!」
今度はライナの方を向いて話しかける。
「ここで否定してしまえば、出会いも思い出も否定してしまう。
英雄とはあまり呼ばれたくないけど、だからといって今までの行動に後悔はしたくないのさ」
「貴女は強いのですね」
「強くないさ。
護られてばかりだから」
いつか護る側として、前に立ちたい。
そう話を終えた彼女の表情は、清々しく強い目を持っていた。
─────
星見の間からモードゥナへ行き、そのままクルザス中央高地向かう。
北東にあるキャンプ・ドラゴンヘッドを越え、更に北に進むと懐かしい彼の墓に着く。
「ここに来るの、何時ぶりかね?」
あの時とは違う、晴れやかな声。
答えるものはいない。
「…なぁオルシュファン。
お前の望み通りには上手くいかなかったよ。
英雄として歩んでも、悲しい物事は悲しかった。
顔にもでてたと思う。
でも、泣くことはなかった。
私の意地と決意が、泣くことを良しとしなかった」
墓の横に供えられている盾に触れる。
雪に触れていたからか、鉄銀製のそれはとても冷たい。
あの時の彼の手と同じだった。
「色々あったけど、やっぱり私を私として見ていたのはお前だけだったよ。
一周まわってお前だけがおかしな奴だったんじゃないかって思うくらいだ。
……もう2年も経つとお前の声も顔も薄れてるけど、お前の想いだけはこの胸に」
敬意を表し黙祷する。
クルザスの空は蒼天に相応しい色だった。
しばらくすると黙祷を終え立ち上がり、墓に背を向ける。
迷いのない足跡が、雪の道に残されていった。
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