Main2-1:暁月に見る夢
それは夜明けに残る月が見える日のこと。
ガウラは珍しく眠らず、宿屋の窓から見える月をぼうっと眺めていた。
その手に握っているのはアゼムのクリスタル。
古代人が…アゼムが祈りと想いを込めたもの。
不思議とそれはエーテルが濃く写り、体内エーテルの少ないガウラにとっては重宝する物となっている。
原則、赤魔法と青魔法以外は環境エーテルから力を得て魔法とするが、ガウラに関してはそれさえも難しい時があった。
例として挙げるならカルテノー平原…ザ・バーン…他にもあるが、地脈が荒れていたり風脈の感じない場所で主にエーテルの操作が困難となる。
新しい記憶では、テロフォロイにより激戦区となったカルテノー平原でそれを思い知らされただろうか。
あの時は仲間もいたし、そもそも魔法を酷使するジョブではなかったので[魔法の使用]に焦点を置けば問題なかった。
だが戦闘時はエーテルの波が荒れていた。
ルナ蛮神の召喚、結節点への攻撃、土地と悪条件が多い場所だったからだ。
[自身の中の獣がエーテルを欲している]感覚…簡単に説明するならば、[息を吸いたいのに上手く吸えず呼吸が難しい]感じ。
そんな状態で仲間が自身を庇い怪我をしてみろ、余計に辛くなる。
まぁ…そんな話は結局誰にもしなかったが、そんなことがあってすぐなもんで未だに体内エーテルが整わず気が立っているというわけだ。
しかもフワフワした感覚もある…風に乗っている感覚だろうか。
少ない体内エーテルを補強してくれるアゼムのクリスタルは、ガウラにとって離せぬものとなった。
─────
「ねぇ、サンクレッド」
「なんだ?ヤ・シュトラ」
「貴方、確かエンシェントテレポの件以降はエーテルの操作が難しいと言っていたわよね?」
「あぁ、それがどうかしたか?」
「……それは一体どんな状態なのかしら」
石の家でヤ・シュトラとサンクレッドが会話をしている。
その会話を耳にしながら別の机に占星術用のカードを並べ、天球儀を手入れしてるウリエンジェは、何も語らず静かに考えを巡らせる。
[エーテルの操作が難しい]。
それは魔法に長けた者には分かりにくい問題だ。
ヤ・シュトラもウリエンジェも魔法は得意だ、何ならヤ・シュトラに関してはエーテルを視る力さえある。
対してサンクレッドはエンシェントテレポの後遺症でエーテルの操作が難しくなったという。
「そうだな…、身近にあるものだと、テレポか。
テレポをすることはできなくはないが、酷い時はエーテル酔いを起こす」
「交感は?」
「それは今のところ問題ないな。
で、なんで今更そんな話をするんだ?」
「…貴方、カルテノー平原での戦いの後にガウラの姿を見たかしら?
しばらく会話をして以降、彼女を見ていない気がするのよ」
「そういえば見てないな。
ウリエンジェは?」
「私ですか?
いいえ、見ていません…ですがどこか上の空に感じました」
暁のメンバーは何かと観察眼がある。
それぞれ見るところは違うものの、それはいつも的確な答えだ。
「ウリエンジェには分かるかしら。
あの時の彼女、エーテルの量が極端に少なかったの。
ただでさえ人並み以下のエーテル量しかないあの子が、あれだけの少なさしかないのは気がかりでなくて?」
「言われてみればそうですね…何もなければ、とは思いますが。
彼女は自分に関することは必要以上に話さない方です…[語りたくない]様子ではないので、こちらが聞けば答えてくれるかと」
「が、当の本人が顔を出さなくなったってので、似た環境の俺に聞いたと」
「えぇ」
サンクレッドが[似ているが何かが違う]と考えを巡らせていると、石の家の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは血相を変えた様子のアリゼーと平然とした顔のエスティニアン、そして彼に担がれているガウラだった。
ガウラは気を失っているのか顔が上がっていない。
エスティニアンは何も答えず彼女を担いだまま奥の部屋に入っていったので、残ったアリゼーに3人は問うてみる。
「…何事?」
「ガウラが急に倒れたのよ!
私はたまたまエスティニアンと帰路が同じだったから一緒にここに来ようとしてたのだけど、その道中でガウラを見つけてね。
彼女の所に行って呼びかけても反応がなくって、近くに寄ろうとしたら急に倒れて…」
「倒れた?」
「えぇ…それですぐにここまで走ってきたのよ。
熱とかあるわけじゃなさそうだから、すぐに起きるんじゃないかって思うわ」
「そう…。
少し様子を見てくるわ、一瞬だけれど感じた彼女のエーテルが気になるの」
「分かりました、我々はエスティニアンからも事情を聞いてみましょう」
─────
ヤ・シュトラと入れ違いで出てきたエスティニアンは、鎧を外しつつ話し始めた。
といっても内容はアリゼーと同じだったのでこれといった収穫はないのだが。
「あぁだがそうだな、[妙に軽く感じた]」
「軽く感じた?」
「以前担いだ時と重さはそんなに変わってないが、それでも軽く感じた」
「……どういうことよ?」
答え方が分からないのか頭を搔くエスティニアン。
「…もしやそれは、エーテル量が少なく感じた…ということでしょうか?」
「さぁな、俺にはヤ・シュトラのように視える部類ではないから分からん」
「エーテル量?」
そう聞き返されたのでウリエンジェは先の話題を話した。
上の空の様子のガウラ、ヤ・シュトラの感じたエーテル量。
シャーレアン魔法大学に在籍していただけあり、アリゼーは理解も早く頷いている。
エスティニアンも分かってるのか分かっていないのか…ただ静かに聞いていた。
─────
「あら、目を覚ましていたのね」
「…あれ……おはよ、ヤ・シュトラ…」
「寝ぼけるには早い時間よ」
ヤ・シュトラが部屋に入り様子を見ると、ガウラは既に目を覚ましていたのかベッドの上に座ってた。
ぼうっとしているあたり、まだ頭は覚醒しきっていないようだ。
「貴女…よくそのエーテル量で起きていられたわね?」
「…ん」
「……起きてる?」
「起きてる…」
「はぁ…エーテル量もそうだけれど、きちんと体も休ませてちょうだいな。
目の下に薄くクマができているのを知っていて?」
なんだか会話らしい会話にならない。
ヤ・シュトラはガウラのエーテル量を注視しつつ会話を続けることにした。
「何があったのか説明できるかしら?」
「……カルテノー平原で戦った後から、エーテルの補給が上手くできてないんだ」
「対処はできて?」
「エーテル薬を飲んだり食事をしたりはしていたんだが、どうにも体内に取り込めた気がしなくてな」
話しているうちに覚醒してきたのか、言葉がはっきりしてきた。
「起きてられたのはアゼムのクリスタルのおかげだよ。
あれには濃いエーテルが込められてるみたいで、補給はできなくても持ってるだけで安定できたんだ」
「そう…。
後で私が直接エーテルを与えるわ、間接的にエーテル薬や食事から得られないのなら直接そうする方が取り込められるはずよ」
「悪いな、ありがとう」
「けれど注意してちょうだい。
人のエーテルを直接身に受ける場合、受ける側がエーテルに弱い者だと与える側のエーテルに感化されて依存性が高まるわ。
本来は身内から貰った方がそのリスクも軽減できるのだけれど」
「身内といえば、ヘリオのことかい?」
「えぇ、双子の弟だったわよね?
来てもらった方が良いのだけれど」
「いいや、あいつには頼めない。
[受け取れないし受け取らない]と言ったのは、私だから」
「どういう意味かしら?」
しばらく沈黙が続く。
言葉を考えている様子のガウラを見て、ヤ・シュトラは何も言わず待っている。
「…あいつは、私なんだ」
そう小さく答える。
「あいつは、私の記憶と私のエーテル、そして私の左眼を抱えている。
記憶は10歳頃までのものを。
エーテルは…まぁ、ヤ・シュトラなら視えるだろう。
左眼はちょっとした事故だ。
眠る頃…私が微睡み夢を視る時は、大抵あいつの追体験だ。
ここに左眼がなくても、繋がりがある限りは」
そう言いながら右眼を隠す。
真っ暗な世界に、微かな流れが視える。
弟のエーテルの流れを、弟の見たものを、追体験という形で視ているのだ。
「貴女たち、そういう関係だったのね…。
双子にしては妙なエーテルだとは思っていたのだけれど、そう…。
そう言われると、辻褄が合うわ」
「以前、私はあいつに[受け取らない、返していらない]と言ったのさ」
「それはどうして?」
「おいおい、エーテル学に通ずる者がそれを問うのかい?」
「…そうね、少し意地悪だったかしら?
仮に10年もの間が空いていれば、本体は環境から新たなエーテルを得て構築するし、本体から外れたエーテルには地脈や星海から得た記憶が混じり自我が芽生える。
それらがまた交われば、本体に宿ったエーテルと自我の芽生えたエーテルが衝突…運が良くても多重人格になるし、運が悪ければ双方が霧散するわ。
知っていて、彼にそう答えたのかしら?」
「あぁ。
……って意外そうな顔をするな…。
私自身、自分のエーテル量が少ないことは理解してたからね…グブラ幻想図書館に通えるようになってから、あそこに置かれてる本を読み漁ったさ。
あとは、勘が[交わることは危険]だと告げていた」
だから彼からはエーテルの補給も求めないことにしている。
そう彼女は言った。
普通の親と子供、普通の双子であればエーテル補給をしても依存性は出ない上に取り込みやすい。
他人と他人であれば、補給には少々時間がかかるが依存性も出る可能性がある。
だが本体とエーテル体であれば、取り込みやすい上に依存性がより高い…下手をすれば交じり霧散しかねない。
ヘリオとガウラの関係は、例外であり異質であることを物語っていた。
「…貴女がエーテル学を齧っていることには驚いたわ。
そうね…そういうことなら今回は私が補給させるわ、けれど何れどうにかしなければならない案件だということを理解しておいてちょうだい」
「あぁ、了解したよ」
「……このこと、他の暁の者には言ったのかしら?」
「いいや、言ってない。
でも察してる者はいるんじゃないか?」
「そう。
このことは共有しておいていいかしら?
何も知らないでまた今回のように倒れられては、対処が難しくてよ」
「…いや、私から伝えるよ。
皆が集まれるのはいつ頃だい?」
「2日後かしら。
アルフィノが明日の昼頃に帰ってくると言っていたわ、グ・ラハも遅れて帰ってくるとタタルから聞いているから…」
「分かった、なら2日後に話をしよう。
私もいい加減話をしておかなければとは思っていたからね」
─────
それから数時間後、用事を済ませたヤ・シュトラはガウラにエーテルを与えた。
ガウラがその際に少し顔を顰めたことに問うてみると、[少し痺れを感じた]そうだ。
エーテルに対する感じ方は人や環境/体調によりそれぞれだが、今のガウラには少々キツイものだったのだろう。
…夢を見たんだ。
途中でそう話したのはガウラだった。
どんな夢?
とヤ・シュトラは問う。
月明かりの下で走る自分を見たんだ。
…それを見てから、何故か眠れなかった。
いや、眠りたくなかった。
なぜ?
夢が終わる気がしたんだ。
そうガウラが言ってからはエーテル補給が終わるまでの間、静寂が続いた。
─────
2日後、ガウラとヤ・シュトラの招集で暁のメンバーが集まった。
「…話してくれ」
そう言ったグ・ラハを合図に、ガウラはヤ・シュトラに話したことと同じ内容を喋った。
といっても彼らは賢人位、そうでなくても賢い。
ガウラのエーテル量については既に勘づいていたようで、彼女が話し終えるまで静かに聞いていた。
ただし、彼女と弟の関係は流石に気づかなかったようだ。
ガウラに弟がいた事は知っていた。
双子であることも、彼が暗黒騎士で今は賢者の証を手にするために知識を蓄えにオールド・シャーレアンに行っていることも。
けれどヤ・シュトラと違いエーテルを視れない者は、彼らのエーテル事情には気づいていなかった…。
そして彼(エーテル)を受け入れられる身体ではなくなった彼女(本体)。
彼らが異質であることを。
「…もしかして、ここ数日見かけなかったのは補給ができなかったってのが理由か?」
「あぁ、私の場合は風脈がちょっとした天敵でね。
エーテルが少ないと風脈の流れに引っ張られやすくて、気づけばふらふらと出回ってる場合があるんだ。
傍から見ればただ放浪しているだけなんだが…私が無自覚の時があるからね、危険と言われれば危険なのさ。
こう、なんとなく[歩いてる]というのは分かるんだ。
けれど[止まれない]、風脈が途絶えない限りは」
「それは厄介だな…」
「だからカルテノー平原で戦った際も風脈に釣られかけた。
戦い終えた後すぐに補給しようとしたんだが、今回は上手くできなくて。
もたもたしていたらいつの間にかさ迷ってしまってたのがオチだ。
運良くアリゼーとエスティニアンに拾ってもらえたからよかったよ」
「全くだ。
相棒があんな場所で突っ立ってたのも驚いたが、いつもなら視力もいい上に気配で気づくはずのあんたがこちらが近づくまで一向に見向きもしなかったのには余計に驚かされた」
「あんな場所、とは?」
「…早霜峠よ。
晴れていると銀泪湖の岸から見えるのよね。
エスティニアンが先に気づいたんだけど、なんだか上の空って感じで。
行ってみたらただただぼーっと立ってるだけ。
声をかけても反応がなかったから、近づこうとしたらふらぁっと倒れちゃったのよ!」
「ビックリさせて悪かったよ…。
まぁ、ああいうのはそう滅多に起きないから私も気をつけるだけさね」
少々ご立腹のアリゼーをなだめつつ話を進める。
これから先はテロフォロイとの衝突も予想される上に、超える力があるから対して問題がないとはいえエーテル放射のある塔の対処もするだろうと考えられる。
環境的によろしくないので自身も周りも様子を見つつということで話が纏まった。
─────
「そういえば、なぜ早霜峠だったんだ?
無意識に足を運んだとはいえ、何か理由はあったのだろうかと思ったんだが…」
話を終えたあと、しばらくしてガウラに話しかけたのはグ・ラハだった。
珍しく優しい声…水晶公を思わせるその声に耳を傾けつつ考えてみる。
「なんでだろうなぁ…。
実際には風脈を辿ってるだけだから、私自身に理由は持ってないとは思うんだ。
でも…」
「でも?」
「…あの時見上げた暁月が、とても綺麗だったことを覚えているよ」
そう答えたガウラの声も、いつもより優しく感じた。
─────
夜明けに残る月の下で、ガウラは夢を見ていた。
それはヘリオの追体験ではない、過去の夢。
小さな私と、大きな弟。
弟は手をかざし私にエーテルを流す。
私はその全てを受け取れなかった。
なぜ。
悲痛な声で問われる。
とても、痛いんだ。
夢の中の私はそう答えた気がする。
[痛い]。
その言葉の意味は、拒絶反応。
既に私の中には環境からエーテルを蓄積していたし、弟は僅かながらに自我を持ち始めていた。
ただし私の思い出にしては記憶が薄い。
夢見る私は考える。
何故か?と。
だったら帰れ。
ここは、危険な場所だ。
今の[私]は[お前]を護れない。
風脈に逆らい、家に帰るんだ。
考えが伝わったのか知らないが、弟がそう答えた。
無意識に風脈の流れに乗ってしまいここまで来ていた…。
発言からしてそういうことだろう。
そりゃ、私は覚えていないわけだ。
『なぜ、還れないんだ…』
小さな私の背を見ながら呟かれた弟のその言葉だけは、記憶のどこかで覚えている気がした。
─────
「おはよう、ガウラ」
「おはようアルフィノ」
「今日は調子が良いみたいだね?」
「あぁ、ヤ・シュトラにエーテルを分けてもらって数日は大人しくしてたからな。
おかげで元通りさ」
「それならよかったよ」
「心配かけて悪かったね」
「構わないよ。
ただし、今後は不調を感じたらすぐに言うこと。
アリゼーが怒ってくれていたから何も言わなかったけれど、私も君のことが心配なんだ」
「ははは…」
それで、今日は何か予定を入れたのかい?
そう言われるとガウラはカバンに突っ込んでいた地図を出す。
「今日はここから北ザナラーンに入って、南下してウルダハに行くよ。
1日そこに滞在した後に、西ザナラーンに入って砂の家に顔を出す予定さ」
「ナキ殿に逢いに行くのかい?」
「あれ、私たちの関係を知っていたのかい?」
「彼女から聞いたのだよ」
「あぁなるほど。
ナキがダンサーの仕事をしている都合上、なかなかウルダハから出られないらしくてね。
私が出向いて報告を聞いたり伝えたりする時がたまにあるんだ。
いつもならタタルと連絡をしているらしいよ」
地図を巻きカバンに入れながら話していく。
数日前とは違いガウラの声に覇気が出てくるようになり、アルフィノ初め他のメンバーもひとまず安心だろうと言っていた。
冒険心の強い彼女は、それを聞くやいなや旅の準備をし始めた…のは昨日の夜の話。
一夜にして準備が整いすぐさま行動に移せる彼女には尊敬しかない。
「それじゃぁ、いってきます」
「あぁ、気をつけて」
そう言って石の家を出た彼女の足取りは軽やかに見えた。
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