Extra27:思い出さなくていい
エーテル研究所。
ガウラはそこに居た。
不滅隊からの依頼である。
『エーテル研究所で妙な動きが見られている。
潜入調査を依頼したい』
とのことだった。
こういう仕事はヴァルに任せられそうだったのだが、生憎彼女は別の任務で不在だったため、ガウラに依頼が来たのだ。
ちなみにこの内容、どうやら大事になっているらしく、黒渦団や双蛇党にも依頼が出されている最中そうだ。
(やけに静かだな…)
妙な静けさを感じるガウラは警戒する。
しばらく歩いていると、書庫に到着した。
中に入って研究資料を漁る。
(…なんの研究を行ってたんだ…?)
『世の中には、膨大なエーテルを抱える者と、少ないエーテルしか持っていない者が居る。
比較的前者が多いことが研究で分かった。
前者のデータは取りやすい。
エーテルを採取したとて人体に影響がないためだ。
後者は人口が少ない上に、エーテルの採取による人体の影響が見られるため、データが少ない。』
どうやらここではエーテルの量が多い者と少ない者の研究を行っていたようだ。
するとガウラはふと何かの気配に気づき、咄嗟に武器を構え振り返った。
そこに居たのは光のない目で見つめる研究者が居た。
その風格に妙な恐怖心を覚えた。
「やっと見つけましたよ。
まさかサンプルが自ら来るなんて思わなかったですが。
研究のために来てもらいますよ」
「……っ」
そう研究者が言うと、どこからか警備兵が現れ、ガウラの武器を取り上げ捕らえた。
「恐怖心を覚えるのも無理はないですよ」
研究者はガウラに近づき耳元で囁く。
「そういうエーテルを纏わせたのだから」
ガウラの意識はそこで途絶えた。
ーーーーー
「義姉さん1人で行ったのか!?」
「どうやらそうらしい。
報告と依頼が来たのは、姉さんが出発した後だった」
ここは双蛇党兵舎。
アリスとヘリオがエーテル研究所への調査依頼と、姉であるガウラが先行調査を開始していることを聞かされていた。
「姉さんに連絡は?」
「それが、ガウラ大闘士と連絡がつかなくなってしまいまして...。
英雄でもある彼女が連絡を遮断すると思えない、ということで先程双蛇党にも依頼が舞い込んできたんです」
「要件は理解した。
俺とアリスも早急に向かう、構わんな?アリス」
「あぁ!
義姉さんに何かあったなら助けに行かないと!」
2人は頷き合い兵舎を出て行った。
ーーーーー
同時刻。
ヴァルも任務から帰ってきたようで、同じ内容を聞かされていた。
「なぜガウラに任せた!?」
「は、はい!
…大闘士という位に着いていることと、英雄なら大丈夫かなと、思いまして…。
それに、見ての通り不滅隊員は殆ど出払っておりまして……」
「『英雄なら大丈夫』、だと?」
「ひぃ!」
「もういい、あたいも現地に向かうから、今ある情報を全て話せ!」
「は、はい!!」
ーーーーー
「……っ...」
「やっと目を覚ましましたか」
ガウラは顔を上げ、声のする方を見た。
先程の研究者が資料を見ながら声をかけていた。
ガウラは実験用の椅子に座らされ、手と足は縛られている状態だ。
「ふむ、やはり視ての通りエーテル量が少ないか。
色々試したいことがあるので、そのまま居てくださいね。
…あ、そうでした。
事前に思考を低下させるためのクスリを打っておいたから、上手く喋れないんでしたね」
「なん、だ、と…?」
ガウラの声に耳を傾ける様子もなく、研究者は実験を開始した。
「ついでに貴女のエーテルも多少は採取できたので、これで研究できそうです。
……記憶のエーテルが少ないのか。
となると、記憶に影響が出やすい、と」
ブツブツと研究者は語っている。
ガウラは打たれたクスリの影響なのか、思うように動けず、ただ彼を見ることしかできない。
「エーテルを取り込めば、記憶も元に戻るのか?
試す価値はありそうだ」
そう言うと、研究者は大きな装置を用意し始める。
設置された装置はガウラに向いている。
「これから見合う量のエーテルを貴女に与えます。
痛いでしょうが我慢してくださいね」
研究者が言うと装置を起動させた。
ガウラにエーテル波が当てられた。
最初は少しの痺れを感じたが、それはだんだんと痛みへと変わっていく。
「あ、あぁ...っ!」
「まだ数値は域に達してないですよ」
「…うっ、ああぁッ!!」
悲痛な声を上げるが、研究者は止めることなく研究を続けた。
ーーーーー
研究所の探索を行っているアリスとヘリオ。
アリスがナイトとして先行して前に居た。
ガタッ!
と音がしたのでアリスは振り返る。
すると壁に寄り添う形で座り込んでいるヘリオが居た。
「ヘリオ!?」
彼は胸をぎゅっと掴み、苦しげに息をする。
「ヘリオ、大丈夫か!?」
「……っ、ちが、う。この感覚、俺じゃ、ない…」
「まさか、義姉さんに何か!?」
どうすればいいのか分からないアリスは困惑している。
すると遠くから走ってくる音が聞こえた。
アリスが顔を上げそちらを見ると、ヴァルが走って来ていた。
「何してるんだ!?」
「ヴァルさん!
急にヘリオが苦しみだして、でも、感覚的に義姉さんだって…」
そう言われると、ヴァルはエーテル視でヘリオを視る。
かき混ぜられたようなエーテル。
構造がぐちゃぐちゃに感じたそれを視て、ヴァルは白魔道士に着替え、エーテルを安定させるためにケアルをかけた。
ヘリオの息遣いが安定していく。
「…悪い、手間をかけさせた」
「これくらい構わない。
急ぐぞ、ヘリオでこの状況なら、ガウラの方も相当だろうから」
「あぁ!」
ーーーーー
痛い。
苦しい。
そう言いたいのに上手く喋れず口をはくはくさせるだけのガウラ。
その目から涙が零れるほどの苦痛であった。
研究者はそんな彼女の様子もお構い無しに、データを記録している。
「これだけエーテルを与えてもなかなか基準値に辿り着かないとは…。
もう少し出力を上げますか」
その声に首を横に振るガウラだが、研究者にはその否定は届く様子がなかった。
出力を上げられたエーテル波。
痛みは次第に激痛へと変わる。
「っ─────!!?」
声にならない悲鳴を上げる。
体はガタガタと震える。
激痛は混乱を招く。
「我慢してくださいね。
これも全て研究のためなんですから」
「、やだ、痛、いっ、ああぁあっ!!?」
すると扉が勢いよく開けられ、プネウマが放たれた。
それは装置を破壊し、エーテル波が途絶えた。
「ガウラ!!」
声の主は直ぐさまガウラに駆け寄った。
「い、たい…痛い、っ、たい…」
「ガウラ、もう大丈夫だ」
大粒の涙を零しながら『痛い』と言い続けるガウラに、ケアルでエーテルの安定化を促すヴァル。
アリスとヘリオは研究者を捉え、武器を構えた。
「義姉さんに何をした!」
「何をって、研究ですよ」
研究者の光のない目はじっとヘリオを捉える。
「ほう、貴方はエーテルが極端に多いのか。
ぜひ貴方からもデータを取りたいですね」
「っ」
ヘリオは研究者のその様子に妙な違和感を覚え、後ろに下がる。
それと同時にアリスはヘリオを守るように構える。
「これ以上の研究はさせない!」
「えぇ、残念ですが、この状況ではできそうにないですからね。
ですが多少の抵抗はさせていただきます。
警備兵、よろしくお願いいたしますよ」
そう言うと入口から警備兵が現れ、武器を構えた。
アリスとヘリオは警備兵の対処をするべく、戦闘に入った。
ーーーーー
「ガウラ、ガウラ」
「……っ、ぁ…」
ガウラの目はヴァルを捉えていなかった。
呼び掛けには反応しているのか、耳が少し動く。
その様子が妙だと感じたヴァルは、ガウラの拘束を解きつつ殺意を覚えたまま研究者に問うた。
「お前、ガウラに何をした?」
「思考を低下させるためのクスリを投与したことと、エーテル波を使ったことだけですね」
「だけ、だと?」
「えぇ、他にも色々と研究したかったのですが、貴女方が邪魔をしてくれたので、中止です」
「エーテル量の少ない人が過剰にエーテルを採取すると、影響が出るのは分かっていただろう!
下手をすれば死ぬんだぞ!?
それにクスリも投与しただと?」
「えぇ、と言ってもクスリは即効性があるものの効果時間は1日程度ですがね」
(こいつ、イカれてやがる)
ヴァルのその殺意は目の前のガウラにも伝わったのか、ガウラはようやくヴァルをその目で捉えた。
その目には光がなく、どことなく恐怖に満ちている。
「ぎゃぁ!!?」
警備兵が吹っ飛ばされ、研究者の目の前に転がってきた。
研究者はそれを見て溜息をつくと、呆れ声で呟いた。
「我が研究もここまでですか。
どうぞ、私を捕らえるなり何なりしてください」
その素直さに困惑しつつ、戦闘を終えたアリスは研究者を捕らえた。
ーーーーー
ヘリオはガウラを見つめる。
ヴァルが介抱しているそれを見て、彼は彼女から感じ取った痛みと苦しみを思い出していた。
あれ程の苦痛は初めてだった。
自分でさえそう感じたのだ、直に感じたはずの彼女には耐え難いものだっただろう。
「ガウラ、今は寝ておけ、しんどかっただろう?
もう痛みを与えるものはないからな、安心しろ」
「……ごめ、ん」
「謝らなくていい、悪いのはあの研究者なんだから」
ガウラはその声を聞くや、意識を飛ばした。
ーーーーー
ガウラが次に目を覚ますと、そこは自宅のベッドだった。
目には光が戻っており、思考もハッキリしている。
だがどことなく上の空のようである。
「ガウラ、目を覚ましたか?」
「ヴァル…?」
部屋にヴァルが入ってきた。
彼女はベッド横の椅子に座ると、心配そうな顔をしながらガウラを見た。
「2日、眠っていた。
体は平気か?痛みとか、苦しさとか…」
「…あぁ、大丈夫……。
でも、何があったか思い出せないんだ」
「……覚えてなくていい。
今は快復することだけに専念しろ」
「悪いね…」
そう、研究者の予想とは裏腹に、ガウラは研究者と鉢合わせて以降から目を覚ますまでの記憶がなくなっていた。
だが、ヴァルはそれでも構わないと思った。
あんな悲痛な叫びを思い出させることはしたくない。
再び眠りに落ちたガウラの頭を撫でながら、ヴァルはそう感じたのだった。
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