Extra2:幻想の姿

エーテル体は常に不安定である。
それは実体を得ても同じで、目の前にいる彼も対象となる。
エーテルが揺らぎ一瞬だけ姿がぼやける。
だが私はそれを不思議とは思わず、当然だと感じた。
“どうした、姉さん”
“いいや、別に”
こいつはいつまで隠すつもりなのか、いやそれとも…私がある程度知っていることを気づいて話さないのか。
考えだけは謎が多いままだった。
——
(やはり、エーテル体故に如何様にできる、と)
無表情な女性は動きを確かめるように手を閉じたり開いたりしていた。
鈍さはないようで、身支度を済ますと大剣を持ち外へ出た。
“ミューヌさん、今日は何か依頼は来ているかい?”
“あぁ、毎日来るよ。どれを受けるんだい?”
“それなら…これで”
“はい、気をつけて行ってらっしゃい”
“行ってきます”
彼女は姿を見ても何とも思わないようだ。
それくらいには実体が不確定ではないのだろう。
軽い討伐依頼を受け、肩慣らしをすることにした。
——
“そういや今日はヘリオと一緒じゃないんだね?”
そう言いながら机の上にいるバラバラのガラクタ…極合金ジャスティスを修理している女性。
“そりゃ一緒にいたいですけど!昨日から連絡もなくどこに行ったのか分からなくて…”
と、しょげてる男性。
だが女性の修理している様子が珍しいのか、顔は女性の手に向いている。
“ガウラさんって器用ですよねー”
“そうかい?まぁ機械いじりは機工士を始めてから工房で教わったものだけどね”
“へぇー…”
“それより、連絡がつかないってどういうことだい?”
“昨日、晩御飯をハウジングで食べるか聞こうと連絡したんですけど、応答がなくて。
いつもなら折り返しの連絡くれるんですけどね…”
“それもなかった、と”
“はい…”
カララントを取り出し色が落ちた部分を塗りながら考える。
あいつの事だから無事であることは間違いないだろう。
自分のようにエーテルの不調を起こすこともまずないだろう。
任務は可能性がある。あいつも冒険者だから。
……?
“なぁ、ひとつ聞いていいか?”
“はい?”
“エーテルの揺らぎって、他人から見るとどんな感じだ?”
“えーっと…言葉のごとくゆらゆらと…ボヤけるような…そんなエーテルを感じますね。
外から見ただけではそういうのは分からないですけど”
“なるほど。
…2日前だ、私がヘリオと最後に会った日は。
あの時一瞬だけ、何かが揺らぐ感覚を見た”
“え”
“今お前から話を聞いて確信した。あれは私側の不調ではなく、あいつの揺らぎが起こしたものだと”
“ちょ、ちょっと待ってください!ヘリオにエーテルの揺らぎを感じた!?”
“多分な。
何かがあったとするならそのタイミングからだろう”
“こうしちゃいられない!探しに行かなきゃ!”
“慌てても隠れるのが得意なあいつは探せないぞ”
“じゃぁどうすれば!”
“そこに座って茶でも飲んどけ。
そして私は予想しておこう、あいつは夕方頃に姿を出す”
“……”
——
“まだですか…”
“78回目。
……よし、これでどうだ!”
‘…ガッシーン!’
“呑気ですね…”
“だって私に不調がないからね”
“!?”
“私が知らないとでも?”
睨んでみると目を見開き‘いつから知っていたんだ’という顔。
むしろ隠し通せると判断していたのが仇となったな。
気づかないわけがない、気づいて当然。
私たちはあくまで双子だからな、気づかないはずがないんだ。
“さぁそろそろ来るよ”
“は、話を逸らさないでください!”
“珍しいな、ここにいるとは”
“………ん??”
“よう、ヘリオ。女の気分はどうだ?”
“胸が邪魔だ”
“だとさ”
“ん????”
目が点になってる男。
知ってましたと言わんばかりの女。
相変わらずの無表情の女。
極合金ジャスティスは動作確認中なのか机の上をぐるぐる歩いていた。
——
“お前もお前で、なんで隠せると思ったかね?”
“そういうつもりではなかったんだが…いや、姉さんが気づくの早いだけじゃないか?”
“どうだか。
まぁ、そこの愛人には説明しておくべきだったな?
まだかまだかとずっと言っていたぞ、記録は78回だ”
“数えてたんですか!?”
“暇だったからねぇ”
“……”
しばらくの無言と機械の歩く音が続く。
ガウラはヘリオを横目で見、説明しろと促す。
“…なぜ女のエーテルを持って実態しているにもかかわらず、男の姿なのかと思ってな。
考えているうちに自分が女だと錯覚したようだ、そこから揺らいでいった。
1週間ほど前の話だ”
“そんなに前から!?なんで言ってくれなかったんだ!”
“あんたが気にするほどでもないだろう、事情を知らないわけじゃあるまい。
2日前、あそこで完全に揺らいだ。
昨日は目を覚ました時点で女の体になっていた。
動きを確かめるために出払っていたら、いつの間にか日が経っていた”
“だろうと思ったよ”
そんな態度にイライラしていないはずもなく、アリスは不満そうな顔をずっとしている。
“後でアリスに謝っておけよ。
伝えなかったお前が悪い”
“……”
“いい加減人間らしくなっておけよ、見様見真似の感情行動は目に見えて偽物だと分かるぞ”
“!?”
“え”
“それより、戻れるのか?”
“あ、あぁ…戻れるのは戻れる”
“なら問題ないか”
今、彼女はなんて言った?
ヘリオの感情が偽物だと?
“さぁ、解散だ解散!
あ、アリスは少し残ってくれ”
“え、あ、はい”
“それじゃぁ、先に帰っておく”
——
“…感情を知らないのは確かだろう。でなければあんな態度は取らない”
“でも…”
“傍から見れば冷静沈着だろう。だがあれは感情の全てを知らないだけだ。
私が教えることはできない。お前が代わりに教えてやってくれ”
“できますかね?”
“できるさ、アルファの例を知っているからね”
あいつはアルファと同じだ。
今は無知だが、ものを知る容量も残っている。
できないわけがない。
知らないはずがない。
1度だけ、あいつが感情をむき出し怒ったのを知っているから。
——
そんな話がもう1年前のものとなる。
そう思いながら極合金ジャスティスのメンテナンスをしている。
晴れたラベンダーベッドの庭で暗黒騎士の動きを教えている弟の姿には、感情が乗っている。
……いや、妹か?
“あいつ、女の体に替えて遊んでるだろ”
教わってる側のアリスは必死だからか真剣な顔だが、あのヘリオの表情は嫌な予感しかしない。
“それじゃ俺は少し見ておくから、姉さんと手合わせしてもらってくれ”
“ガウラさんと!?”
“は!?今大剣持ってないのだが!?”
“俺が使っているのを使えばいいだろう”
そう言われ目の前に刺さるように投げられた大剣。
ここまで来ると引き下がれない。
それが私だ。
“……アリス、観念しろ。引き下がりようがない”
“うぅ”
“リリンも見に来いよ!手合わせはあまり見た事がないだろう!”
“はーい!”
2階のテラスで山積みになっている本の1冊を手にし、1階に降りてきた。
木人を端に追いやればちょっとした広さにはなるだろう。
男と女では力量がそもそも違う。大剣を扱うとなると尚更よく分かる。
だが相手にするのは誰もが憧れる光の戦士。
そう言われるのは嫌らしいが、英雄は英雄だ。
力量の差を補えないはずもなく…
“おっも…!?”
“女だからと手加減されちゃ困るね、っやぁ!”
“ぐっ!”
“アリスお兄ちゃん、ガウラお姉ちゃん、頑張って!”
“アリスは力が強いのが長所だが、まだまだスキが多いのが短所だな。
姉さんはスキが少なく見える範囲も広いが、女故の力量不足がある”
“ヘリオお兄ちゃん、そういうところまで分かるの?”
“長く見ていれば分かってくる。
あとは自分自身の経験もある。
リリンももっと視野が広がれば、分かってくるだろうさ”
“本当!?
リリンもがんばらなくちゃ!”
“おわぁー!!”
そんな情けない声と砂煙。
こりゃ盛大にぶっ飛ばしたな。
“な、なんですか今の力!?”
“女だからと見くびられていたようだからねぇ”
“おーおー、派手にやったなあれは”
“すごーい…”
あの強さが悲劇を生まなければそれでいい。
きっとそれはヘリオの思惑次第だろうけど、どうかこれ以上の真実を知らないままでいてと願うばかりだった。

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