Extra12:エーテル依存症
[記憶のエーテル(短期記憶)]
[魂のエーテル(認知機能)]
[生命力のエーテル(運動機能/感覚/呼吸と循環)]
研究者の見解ではヒトにはこれら3つのエーテルが生命の構成として宿っており、1つでも失うと大きな問題が生じるとされている。
[魔力エーテル(六属性)]はそれとは別に抱えている体内エーテル。
勿論これも属性が偏ると異常をきたす。
ヒトという形は保っているが、例えば生命力のエーテルが欠損していると感覚がなかったり…運動機能が働いていなかったり…という障害が出る。
それはガウラとヘリオも例外ではない。
ガウラは記憶のエーテルが欠損している。
それ故に記憶喪失という問題が発生した。
しかも魔力エーテルもないため、ヒトより総じて体内エーテルが少ない。
対してヘリオは彼女の魔力と記憶のエーテルとジシャの記憶と生命力のエーテルを抱えていた。
後にジシャの記憶のエーテルは分離したが、それでも魂のエーテルは抱えていないので特にヒトの感情については理解能力が低下している。
エーテル依存症。
主に体内エーテルの少ない者がエーテルを求めて多量摂取することによって起きる症状。
もちろん一般的な量を体内に抱えている者でも多量摂取すればそうなってしまう。
だが普通であれば多量摂取しようとするとまずエーテル酔いを誘発するので、多量摂取しようなどとは思わないだろう。
4種のエーテルのうち2つも欠損しているガウラは、今まさにそれに足を踏み入れようとしていた。
─────
以前の事件からも時が経ち体調も良くなり始めた頃、ガウラは学者にジョブチェンジし戦闘をしていた。
ここはカルテノー。
3国の勢力がぶつかり合う戦場だ。
「A班は西へ向かい黒渦団の進行を塞げ!
双蛇党も黒渦団の方へ向かっているようだな…B班C班はヘリオドロム防衛塔へ!」
B班にいる指揮者が上手く指示を出す。
不滅隊として呼ばれたガウラは、C班の学者で仲間の支援と回復をしていた。
フェアリー・リリィベルを連れ指揮の元行動をする。
ヘリオドロム防衛塔にはドローンが湧く。
アラグ様式のモンスターで、こちらが敵視を向けると手当たり次第に攻撃をしてくるのだ。
制圧できれば情報値も高く得られ、一定値まで集め終えるとその国が一時的にカルテノーの制圧者となれる。
カルテノーはドローンを始めとしたアラグの遺跡が眠っており、それの確保と領有を巡って3国が対立し戦っている地だ。
それはどこかの国が制圧者となっても続くため、一時的にという表現がつく。
「そろそろドローンも討伐できそうね、白魔道士撤退を開始する!」
「分かった、学者も撤退する!後方は気をつけて!」
「C班撤退!
このまま双蛇党の方へ進軍します!」
総勢72人という大所帯なので、戦況も変わりやすい。
黒渦団に向かっていたはずの双蛇党が不滅隊へ進軍しているのが防衛塔から見えたため、各々持ち場へ行くことにした。
「なぁ学者さん」
「どうしました?召喚士さん」
「あんた、無理してないか?」
「え?」
「自分はエーテルの流れを感じてる程度だけど、あんたの周りは静かだと思ってな。
魔法、無理に使いすぎずに」
「ありがとう、気をつけるよ」
元々体内エーテルが少ないので、確かに魔力が枯渇しやすい。
それは魔法職の者には目に見えるようですれ違ってはこうして時々様子を伺ってくれる。
それもそのはずで、ガウラは元々吟遊詩人として参戦していたのだが、編成上回復職が少なかったのでジョブを変えたのだ。
正直不慣れなのだがいないよりは幾分かマシで、同じ班の白魔道士と上手く連携し何とか戦闘不能を防いでいる。
「リリィベル、悪いけど…転化を使っていいかい?
流石に枯渇したままでは状況が良くならない」
その問いにフェアリー、リリィベルは頷いた。
それを見たガウラは、リリィベルを掴み…喰らった。
カルテノーで機能する転化は、本来体内に蓄積させたフェイエーテルを消費させ能力を上げるのだが、今回ガウラが使った転化はフェアリーを喰らい帰還させエーテルの枯渇を防ぐものだった。
あまりよろしくない戦法なのだが、こればかりは仕方がない。
だがその行為が依存に繋がるとは誰も思わなかっただろう。
─────
情報値の僅差で2位に終わった制圧戦。
ウルヴズジェイル係船場に帰還し、次の戦場と時間を確認してリムサ・ロミンサへ帰り、学者のまま依頼掲示板を見に行き依頼を受ける。
[毎度どこへ行くかは分からない!
ハラハラドキドキなルーレットでダンジョンの追体験をしよう!]
なんて奇才な文章も見えるが、今日は初心者支援に指定されている依頼を受けた。
星導山寺院の再調査を受け現地に向かい、やって来た残りのメンバーと攻略を開始。
そこそこ手馴れな冒険者が来ることができる難易度のダンジョンのため、スムーズには進んでいる。
それでもエリアが広く時間もかかるため、学者で来たガウラにとっては厳しい。
戦闘の合間に転化を使ってはエーテルフローを溜め生命活性法や野戦治癒の陣を使っていった。
「ありがとうございましたー!」
「それではよい旅を!」
20分程度で攻略を終え、現地解散をした。
テレポでリムサ・ロミンサへ戻り依頼報告をし、休憩するために溺れた海豚亭へ向かった。
この時既にエーテルの依存が進み始めていたのか店でエーテル薬も買って飲んでいる。
本人はまだ自覚している頃だった。
─────
「なぁガウラ」
「ん?」
「お前それ…エーテル薬か?」
「あぁ…ほら、体内エーテルの枯渇が最近多かったからさ」
「……」
ある日、ふとヴァルが話しかけた。
ガウラの応えはごもっともなのだが、日頃からよく見ているヴァルには何か違和感を感じていた。
エーテル薬の飲む回数は少ないものの、今までほとんど手にしていなかったはず。
それに学者にジョブを変えている時は決まって転化を使う。
転化に関しては戦闘の都合で必要なのかと思っていたが、それにしては回数が多いように見えていた。
「……エーテルの依存には、気をつけてくれ」
「………あぁ」
珍しく間の空いた返事だった。
結局その日はエーテル薬にもフェアリーにも手は出さなかったが、次の日を迎えヴァルが彼女の家を訪れると家の中が少し荒れていた。
─────
少し荒れた家の中を掻き分けガウラの気配を探る。
リビングの方に気配を感じたので行こうとしたら、リリィベル・セレネが奥から出てきた。
戸惑った様子のリリィベル・セレネ。
奥を覗いてみると、ガウラが背を向けしゃがみ込んで何かを物色しているようだった。
「ガウラ?」
呼びかけると、彼女は振り向いた。
口にはリリィベル・エオスが咥えられている。
バリッ…と音がするとエオスがエーテル粒子となりガウラの中へ流れ込んだ。
「何を、している?」
問いには耳を傾けているのか耳が少し動く。
だが目線はセレネに向いている。
それに気づいたヴァルは横にいたセレネをさっと隠す。
「………」
「…転、化」
ガウラがそう呟いたと同時にヴァル飛びかかった。
急な動きで驚いてしまい、ヴァルは押し倒されセレネが飛び出す。
ヴァルには目もくれず逃げ惑うセレネを追いかけ回すガウラ。
家が荒れていた理由はこれだった。
流石におかしいと判断したヴァルは彼女に声をかけるが、その制止の声が届いていないのか止まらない様子だ。
「おいガウラ、何をしている!」
「転化、転化ァ!」
ガウラの腕を掴み止めさせる。
セレネは止まった彼女の手に届かない位置で様子を伺っている。
ガウラは必死になりセレネに手を伸ばすが、ヴァルの力も強く離れることはできないようだ。
「落ち着け!」
「っ!」
彼女の腰に提げていた学者の本とそれに挟んでいたジョブクリスタルを投げ捨てる。
ジョブチェンジが解かれセレネが消えると同時に、電池が切れたかのようにガウラは大人しくなった。
「…ガウラ、どうした?」
「……エーテルが、足りなくて…」
「…どう視てもエーテルは足りている。
少し落ち着け、エーテルを多く摂取すると依存すると言っただろう」
「うん……」
「…お前の義眼を診てくれている錬金術師、連絡先分かるか?」
「…あぁ……」
トームストーンを取り出し連絡先を出すと、それを借りて錬金術師に連絡をした。
すぐに向かうとのことで、ガウラを椅子に座らせ彼が来るまでに片付けをすることにした。
─────
錬金術師に診てもらい、結果としては初期の初期という程のエーテル依存症だった。
これだけ荒れて初期の段階だったことに驚いたが、診断中にガウラにまだ依存している自覚があったことと短期間且つ急激な多量摂取だったことでそう診断がされた。
錬金薬の服薬とエーテル薬を一時的に遠ざけさせることですぐに治せるだろう、とのことだった。
「けれど、そうさせるにはあんたのように彼女を見てくれるヒトが必要です。
俺はできないから、お願いしますよ?」
「…分かりました」
「じゃぁガウラ、また後日診察に来ますよ。
そのついでに義眼のチェックもするから覚悟してくださいね?」
「あ、あぁ分かった…」
いつもよりは少々大人しいが、先程のような荒れ具合は見せることもなかったガウラ。
転化が招いた依存は、ある意味彼女のエーテルの少なさを物語ったものとなった。
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