Main2-6 出発と再会
冒険の始まりを覚えているだろうか。
私の冒険の始まりは、黒衣森だった。
育ての母が天寿を全うし、家族も居らず天涯孤独の身となる…冒険者になりたいという夢もあったのをいいことに、私はその夢を実現させるために森都グリダニアへと向かったのだ。
その時の情景を覚えているだろうか。
気品のある幼い2人が、同じチョコボキャリッジに乗っていたような記憶がある。
語らず静かに、キャリッジを動かす爺さんの話を聞いていた気がする。
今まで時々あったエーテル酔いも、久しぶりに引き起こしたっけ。
でもあの時は何故か、脳裏に何か別の記憶が浮かんだような。
これが後に超える力の1つ、過去視であることが冒険の後に理解するのだ。
それとは別に、私は船旅の記憶があった。
なぜだろう、船旅などしたことがないのに。
夜を走る船の一室で眠っていた記憶…水神リヴァイアサンを見た記憶。
チョコボキャリッジでのエーテル酔いによる過去視でもない、夢のような記憶。
誰の記憶かは分からない。
けれどその船旅の記憶は、今まさに目の前の光景と同じだったのだ。
─────
船の上で夜を過ごすのは、あまり慣れたものではない。
波に揺れ、人は賑やかで、静かに過ごせと言われる方が難しいだろう。
案の定、私もそうだったしグ・ラハもそうだった。
隣にいるアリゼーとアルフィノは、珍しくよく寝ている。
サンクレッド、ウリエンジェ、ヤ・シュトラ、エスティニアンは…辺りを見る限り居ないようだ。別室か、甲板にいるのだろう。
何故か一緒に同行を志願してきたフ・アリス・ティアは…確か客室に行っていたか。
『聞いて、感じて、考えて……』
ふと誰かに呼ばれた気がした。
「外の空気を吸ってくる」と言い、呼ばれた方へ足を運ぶ。
前へ、前へ。
振り返らず、1歩ずつ。
足を運ぶと、そこは外だった。
月明かりに照らされて、誰かが佇んでいる。
モードゥナで感じた気配と同じ。
「こうして地上で言葉を交わすのは初めてですね。
……クリスタルに導かれし、光の戦士よ」
その声を聞いて、貴女が誰なのかを理解した。
私を最初から導いていた…ハイデリン。
声だけは知っている。
「遠い遠い、時の彼方で交わされた約束を、果たしましょう」
「約束?」
ハイデリンはそう告げる。
「お行きなさい。
どんなときだって、旅人は新天地に目を輝かせるものよ」
「待って…!」
微笑み消えたハイデリンの背には、もう月はない。
船員の声掛けにより、乗船者は次々に目を覚ます。
暁の皆も目を覚ましたようで、1人また1人と甲板へ出てきた。
「さぁ、あれが知の都、オールド・シャーレアンだ!」
そう誰かが言った気がする。
地神サリャクの神像の見える都市、オールド・シャーレアン。
私たちの最後の旅は、ここから始まったのだ。
─────
「それじゃぁ俺はヘリオを探してきます!」
乗船者たちの情報確認を終えた後に、アリスはそう言ってすぐにどこかへ行ってしまった。
ヤ・シュトラはため息をつきつつ、今後の予定を話した。
[暁の血盟]は外へと知識を出さないシャーレアンにとって異端の存在。
故にそう名乗ることは危険だということ。
それを踏まえ、ここにいる際は[バルデシオン委員会]の助っ人と名乗ること。
これについてはアリスにも事前に伝えてある。
バルデシオン委員会はオールド・シャーレアンに分館を構えている。
今後はそこで作戦会議をしたりするとのことで、都市入りした際に出迎えてくれたクルルに分館の場所を教えてもらうことにした。
彼女の勧めでグ・ラハも共に行動をする。
グ・ラハと初めて出会った時の第一印象は、行動派で勢いがあり元気な男だった。
道中で本の虫になりやすいことを聞いた時は、内心驚いた。
─────
「彼はオジカ……あのエジカ・ツンジカの従弟よ」
バルデシオン分館に到着し、中に入ってすぐに紹介された相手にも驚いた。
のほほんした雰囲気で挨拶をするオジカ。
エジカとは全然違う性格だと思った。
エジカについては、エウレカの調査で行動を共にした相手だ。
賢く、そして師のガラフを尊敬していた男。
今は確か引き続きエウレカに残り調査をしていた気がする。
オジカに案内された仮眠部屋…ナップルームには、紙もあれば本もあり、研究道具もあれば黒板もあり。
本当にこれで研究者は休めたのか?と思いつつ、私は机に置かれていた本を1つ手にしてみた。
タイトルはない。
本を開いてみると、メモが書かれていた。
指でなぞりどことなく見覚えのある字を読んでいく…。
[賢学とはすなわち、エーテル学と魔法学に、医学を統合することで生み出されたものであり、ほかに類を見ない学問である]
[基礎の動きとして、結節点となる賢具を配置して立体的な魔法陣を形成し、体内エーテルに作用して治癒や攻撃を為す]
賢学…賢者の扱う学問の1つ。
ヘリオはこれを学びに、私たちよりも早くここへ来ていた。
彼は体内エーテルを多く持つ故に、このメモが正しいのであれば賢学と彼の相性は悪くないのだろうとも思う。
私は逆に、体内エーテルの少ない類だ。
だから魔法を使う際は環境エーテルに頼ることが多い。
「姉さん?」
「ん?」
ふと声がしたので向いてみると、そこにはヘリオがいた。
珍しく眼鏡をかけて、両手に花…ではなく本ばかりを抱えている。
「ナップルームは、広い分部屋数が限られているから…。
同じ部屋になったか?」
「ああー…。
ここ、お前が使っていたのかい?」
「魔法大学の寮でもよかったんだがな、クルルに見つかってしまった」
「そうか、私のツテで顔は知っていたのか」
「おそらくな。
バルデシオン委員会経由の方が見られる資料も増えるだろうってことで、ナップルームにも出入り可能にしてくれたんだ。
おかげで…一族の歴史にも触れられそうだ」
そう言いながら、持っていた本の束を机に置く。
基本的にエーテル学と魔法学の資料ばかりだが、中には医学もあれば美食についての本もある。
「……[美食とは何か]?」
「あぁ、それか。
いや…その、魔法大学に初めて顔を出した時、挨拶代わりと言わんばかりにちょっとした食事会が設けられたんだが…。
栄養と即席を優先しているのか、食えたものではなくてだな…」
「賢人パンだけじゃないのか…」
「あぁ、色々だ。
と言ってもやはりパンは多かった、片手で食べるには最適なんだろうさ。
……で、[この不味さは如何なものか]と意を唱えた先人の本を時々借りている。
シャーレアンの食文化を知るには1番いい方法だろう」
いやまさか、弟から不味い飯の話が出てくるとは思わなかった。
「あれ、そういえばアリスには会ったかい?
ここについて早々にお前を探しに行ってしまったんだが」
「いや、会ってない。
入れ違いになったか…?」
「迷子にはなってそうだな」
「…探しに行くか」
─────
「1番上の層まで来たら、見渡せるからいいと思ったんだけどなぁ…」
哲学者の広場前で立ち尽くすアリスがいた。
どうやら迷ったわけではないようなのだが、建物が多く影となっている場所もありヘリオを探せないままだったようだ。
確かにこの哲学者の広場からバルデシオン分館は見えづらい。
何なら魔法大学から分館に行くであろう道…沈思の森も見えづらい。
「どうしよ…」
「どうしようなぁ」
「ん?」
「やぁ青年、その顔さては迷子だな?」
いつの間にか隣にいた男。
耳の長さと高身長のアリスよりも背が高いその特徴は、ヴィエラを彷彿させる。
ヴィエラの男を見るのは初めてだろうか…。
「えーっと…」
「今日は旅人の出入りが多い日だ、グリーナーも出入りが多い」
「グリーナー?」
「シャーレアンの外から色んなものを収集する者さ。
動物や食料、物資、何なら知識まで。
ボクもグリーナーで、主に薬草の収集をしている」
「ほぇー…」
聞かない職種だからか、アリスは目を見開き感動している。
男は自分の役割について色々と話をしてくれた。
といってもどことなく距離のある言い回しだ、これもシャーレアンの人間だからこそのものなのだろうか。
外部の者に対する開けた受け応えは、なかなか難しそうだ。
「ここにいたのかい」
「あ、義姉さん!…と、ヘリオもいたのか!」
「おや、ヘリオじゃないか」
「その声、カリアか」
「知り合いなのかい?」
「あぁ、ここに来てしばらくしてから知り合った、グリーナーだ」
「彼がちょうどボクが探していた薬草を持っていたんだ。
それから、時々情報をやり取りしているのさ」
「へぇ。
何だか意外だねぇ、ヘリオに友だちができるなんて」
「?」
そう言われてキョトンとするヘリオ、あまり自覚はないようだ。
対してカリアと呼ばれたヴィエラの男は「いいでしょ〜」と満面の笑みだ。
軽くそれぞれが自己紹介をする。
入れ違いでしかも迷子になりかけたアリスは苦笑いしつつも、ガウラの言った「ヘリオに友だちができた」ことに感心を覚えた。
相手が感情を持ち、人と接しない限り[友]はできぬもの。
[友]ができたということは、彼が少なからずそういう感情を抱えているということ。
これのどこが[ただのエーテル体]なのだろう。
─────
カリアと別れ、3人はバルデシオン分館に戻ってきた。
受付をしていたオジカは3人も入れる部屋を今すぐに用意ができないと唸る。
「じゃぁ、ナップルームはヘリオとアリスで使いな」
「え!?」
「姉さんはどうするんだ?」
「私はどうせ依頼を受けたりで出入りが多いからね、空いているタイミングがあればその時に使うさ」
そういって軽く荷物をまとめる。
どうやら早速どこかで受けた依頼を受けていたようだ。
置いておく荷物をヘリオに渡してしまうと、ガウラは軽い足取りで出ていってしまった。
「……」
「…レディーファーストのレも言う暇がなかったんだけど」
「いつものことだろう」
苦笑いしあう2人。
久しぶりの再会となったが、彼らは互いに成長を感じていた。
一族の真実を知る物語…そして世界の真実を知る物語が幕を開けた。
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