Past10:まだ何も知らなかった頃
決して病弱等ではない。
身体は至って正常だ。
健康的で、運動だって問題なくできる。
武器を持つことも、振るうことも。
食べることも。
できたはずだ。
それなのになぜ。
身体がこうも動かない?
─────
それはまだヘリオとも出会ってない頃の話。
何ならまだイシュガルドという地にさへ足を踏み入れてない頃だっただろう。
ガウラはバディに乗りエオルゼアを駆け巡っていた。
アルテマウェポンを討ち、暫くの平穏を冒険に費やしていたのだ。
この日は依頼先のカッパーベル鉱山から帰還した次の日ということで、特に予定もなくグリダニア各地を旅している。
「ん……?」
道中で時々歪む視界。
走っているせいだと勝手に結論づける。
だがその歪みは段々と強くなる。
まるでエーテル酔いのような感覚で、走っているのも辛くなる。
流石におかしいと感じたガウラはバディに指示をしようとした。
「ッ、ま!」
上手く声が出ない…いや、こちらの耳が遠かったか?
縄を軽く引っ張ったおかげでバディは止まってくれたものの、バディは状況を掴めないので足踏みをして落ち着こうとしない。
「近くの、街に」
掠れた声で伝えると、バディは一声鳴き走り始めた。
─────
「クエッ、クエ〜!」
「なんだ?荷物引っ提げて、誰かのバディか?」
「クエ!」
「あ、ちょ、おい袖を引っ張るな!」
バディは見つけた男の袖をぐいぐいと引っ張る。
載せていた主…ガウラはどうやら走っている最中に落ちてしまったようで、バディの背中は誰も乗っていなかった。
ただ事じゃないと思った男はバディについて行った。
「…おい、姉ちゃん、起きろ!?」
「……ッ」
「息はしてるな。
おいバディ、この姉ちゃんと俺を乗せられるな?」
「クエ!」
バディは頷く。
明らかに1人乗り用のチョコボなのだが、元々力強い体格をしていたので問題はないようだった。
「よし、ここから少し走るが、俺はグリダニアの幻術士ギルドに帰る予定なんだ。
そこに行けば姉ちゃんも助けられるはずだ、場所は分かるな?」
「クエ、クエッ」
「いい子だ。
…よいしょっと!それじゃぁ急いでくれ!」
男は慣れた手つきでバディに指示を出しグリダニアへと向かわせた。
彼は決して熟練の冒険者などではなかったが、彼の持つ信条が[急げ]と告げていた。
─────
ただしチョコボの主でもない彼はバディの静止を上手く指示できず、グリダニア都市内まで突っ込んでしまった。
途中でグランドカンパニーの者が止めてくれたので事故はなかったのでよしとしよう。
そのまま乗せていたガウラをグランドカンパニーの方に預け、男はバディと外で待つことにした。
「俺は、魔法が得意ってわけじゃない」
「クエェ?」
ぽつりと喋り始めたのは男の方だった。
「けど、エーテルが微かに視える類でさ。
どうにか活かせないものかと思って、幻術士ギルドに行ったんだ。
上達はしていない、でも扱い方は分かってきた。
今日はその実践っていうことで南部森林にいたんだよ。
そしたらドタバタと…あんたが来た。
必死なもんだからついて行けば、あの姉ちゃんが倒れてた。
あんたはきっと、姉ちゃんの指示通りに人を探して街を目指したんだろうな…」
バディの体を撫でながらそう話す。
「姉ちゃんを見た時、俺は最初[亡霊]かと思っちまったよ。
何をどうすれば、あそこまで体内エーテルが枯渇するんだとな。
生物は常にエーテルを抱えている…食事や自然からエーテルを頂いて。
けど敢えて枯渇させようとなると、絶食したり自然界からのエーテルを遮断するまでしないとできないと思うんだよな。
その割には姉ちゃんの体格は健康そのものに見えたが。
彼女はどういう体質なんだ?……って聞いてもバディのお前には答えられないか」
「クエ」
「あ?」
「クエー」
「荷物?」
言葉は通じるようで、バディは提げていた荷物に目線を送る。
男は荷物を見せてもらった。
「こりゃ、すごいな…」
中に入っていたのはいくつかのカラの瓶と折れた矢だった。
戦闘中に消費した物を詰めている場所だったのだろう。
「あの姉ちゃん、弓を使うのか」
「クエッ!」
「彼女は吟遊詩人なんですよ」
「?」
「はじめまして、サンソンです」
「どうも」
話しかけてきたのは、サンソン大牙士だった。
知り合いが運ばれてきたのをたまたま見つけ、事情を聞いてこちらへ来たようだ。
「吟遊詩人となると、歌に魔力が宿らせられるという?」
「ええ。
時々彼女が妙な様子だったのは俺もギドゥロも気づいていたが、貴方の言う通りであれば辻褄が合いそうです」
「というと?」
「彼女のエーテルですよ。
きっと、彼女は体内エーテルを消費して歌に魔力を乗せているのでしょう。
その結果エーテルは消費されていく…彼女の回復が消費に追いつかない点が気になりますが」
「…追いつかないとなると、2つ思い当たるものがある」
「それは?」
「そもそもの体内エーテルの蓄積量が少ない。
あるいは回復できない体質か。
どちらも、だとすれば相当厄介だがな」
「………」
「後者は濃厚だろう。
この使い切った瓶の中身…香りからするとどれもエーテル薬だ。
これを使った日が最近だとすると、使った量も並以上だし、何なら回復だってできるはずだ」
「結構な量だと思ったが、なるほど」
─────
「……とまぁこれが俺の考察だ」
「あぁ、なるほど…それなら全てに合点がいく」
ガウラとの面会が可能になり、男は外でサンソンと話していた事を全て彼女に話した。
吟遊詩人の歌は、そもそも多量の魔力を必要としない。
それなのに彼女は枯渇させた上に回復も間に合わなかった。
それは決してエーテル薬の効き目がないというわけではない。
彼女の話した「効果は得られている」という感覚が正しければ。
ではなぜ間に合わないのか。
蓄積量が人並み以下で少ない彼女は、魔力の扱い方が苦手で一気に消費してしまうからだ。
極端な例で人並みの蓄積量が100、ガウラの蓄積量が50、消費が30とする…
人並みの者が消費すると100-30=70となり、体内エーテルはまだ7割もある。
ガウラの場合50-30=20で、体内エーテルは4割しか残らない。
5割も下回れば、そりゃ疲れも早いし、同じ量の消費を次に使えばマイナスになりかねない。
吟遊詩人の歌は常に歌い続けるため、エーテル(魔力)も常に消耗している。
悪く言えば、彼女の体質には吟遊詩人なぞ合うはずがないのだ。
「…幻術士と呪術士の扱うエーテルは、自然界から得るものだったよな?」
「あぁ、だから体内エーテルを使う場合は最終手段のようなものだ」
「私もそれを扱えられれば」
「あぁ…今より幾分かマシだろう…って、まさか」
「なんだい?
私は吟遊詩人を諦めたなんて一言も言ってないだろう?
私にはこの先も弓が必要なのさ、ならば扱えなければならない」
そう言った彼女の目は闘志に満ちている。
「はぁ……」
「悪いね、見ず知らずの人を助けてくれたところに水を差して」
「他人だからこそ、勝手にしろって言えるんだろうが…なんというか、馬鹿だなと」
「よく分かってるじゃないか」
「褒めてねぇよ!
自然界のエーテルを扱えるようにするなら、幻術士か呪術士のギルドに行けば近道だろう。
巴術士は[宝石]に魔力を注いで召喚術を学ぶからな、また少し訳が違うはずだ」
「よく知ってるね」
「まあ、俺の母が術士だったからな…ほんと、強い方だった」
「……そうかい」
「とにかく二度と無茶するんじゃねぇぞ!」
そう言って男は部屋を去った。
残されたガウラは回復した後の予定を立て始めた。
─────
「…びびった」
男は外に出るや否やしゃがみ込んだ。
「最初は体内エーテルも空っぽで何も思わなかったけど、まさか母さんと似たエーテルだったとは…。
母さんは自分のことを[魔力の強い一族の子孫だ]と言っていた…、父さんもそれを知っていた。
あの姉ちゃんも、一族の者なのか…?」
そんな男の問いは、死した彼の両親には届くはずもなかった。
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