Extra17:未来を見据える言葉は重く、静かに響いた
何かが近づいてくる、静かでいて、懐かしさを感じる気配。
「ジシャ、いるかい?」
私が顔を出すより前に、気配の正体が声を発した。
家から出てみると、黒き一族のヴィラがいた。
彼女は私を護る者。
11年も前、私が記録上死んだことにより、役目を終え新たな責に務めていると聞いている。
それでも彼女は一族の者として、こうして私を気にかけてくれる。
と言っても今日はそういうことではなさそうだが。
「おや、ヴィラじゃないか。
どうしたんだい?そんな真剣な顔をして」
「頼みたいことがある」
いつになく真剣な表情のヴィラ。
只事ではないと、そう思わせる。
「ジシャに族長代理として里に来て欲しいんだ」
「族長代理…?」
「実はな、一族の在り方を変えたいのだ。
今は昔とは違い、白き一族の血を引く混血達は世界中に散らばり、護る事が難しくなっている。
そして、今や純血はガウラとヘリオだけだ。
本来なら、ヘラが武力を強く発揮しているのが分かった時点で、掟や今後の在り方を検討しなければならなかった。
だが、こちらの族長は頭が堅くてね…ヘラの儀式の失敗があった後も、考えを変えようとしなかった」
ヴィラがそう考えていたことに、内心驚く。
族長の妻として黒き一族のこともある程度知っていたが、正直[掟を重視する]頭の堅い連中ばかりだと思っていたからだ。
恐らく彼女を変えたのは、11年前の儀式だ。
あれは白き一族の終わりを告げたもの、護るべきものがなくなった黒き一族…特にヴィラにとってはそれが大きな一歩だったのだろう。
「そして今、ガウラ、ヘリオ、アリスが一族のルーツを調べている。
それを聞いた族長はいい顔をしていない。
私が掟の改定を進言したところ、白き一族の族長と話をしないと出来ないと、無理難題を言い出してね。
そこで、私は族長の妻であり、リガンの血を引くジシャを代理として連れてくると言ったんだ。頼まれてくれるか?」
「それは構わないが…」
ジシャも娘たちが一族のことを調べていることは把握していた。
あの子たちにも知る権利がある…そう判断して、彼女たちの行動を否定せず、進言し助言した。
だがそれを良しとしないのが頭の堅い連中…黒き一族の族長もその1人だ。
彼らの願いも一理ある。
そういう者たちによって、今の世代でも一族が途絶えていないことが何よりの証だろう。
……一族が消えるわけではない、ただ、未来を思うと[掟]というものは足枷でしかない。
そしてこの考えはどうやら表情に出てしまっていたようで、ヴィラが再度口を開いた。
「ジシャの言いたいことは分かっている。
だからこそ頼みに来たんだ。
それを頭の堅い、我が父である族長に言ってやってくれ」
「なるほど、分かったよ」
「すまない、恩に着る」
─────
ジシャの小さな体を抱き上げ、ヴィラは黒き一族の里へ向かう。
誰かにこうして抱かれ、高い位置から見る森の景色は何だか懐かしさがある。
子供の頃、父だったか母だったか、幼いジシャを連れて集落を一望できる高台へ行った時の記憶だ。
親はジシャを抱き上げ、集落を見せながらこう言った。
『お前には、リガンの姓を継ぐ者として、一族の未来を想い…そして導かねばならない。
記録者として、[私たち一族が生きていたこと]を、記憶し、語り継がねばならない。
だが、私はお前の親として、切に願うのは…お前を含めた一族全員が、未来を見据え共に歩んでゆけることだ。
影から護る者も含めて、な』
そう言っていた親の目線が、集落ではなく目線の片隅に見える茂みに向いていたことも、覚えている。
「未来を見据え、共に歩む…か」
「?」
「少し、懐かしい記憶を思い出してね。
親が私を抱き上げながら、未来のことを語ってくれていた記憶だよ」
「……」
「彼らも密かに願っていた…一族の未来を、どういう形になろうとも。
黒き一族も、白き一族も、手を取り合い未来を見据え共に歩むことを。
きっとそれは、掟のない未来でしか成せない願いだろう」
「……そうだな」
「そしてそれが、リガンの姓を継ぐ者としての、最後の記録と使命になる」
「拒否はないんだね?」
「あぁ、11年前は絶望と後悔しかなかった。
娘たちの命を無理矢理に留めてしまったことも、結果あの子の記憶を分離させてしまったことも、母親としてあの子の成長を見れなかったことも。
けれど、記憶(ヘリオ)と再会し、世界を見て冒険し、その中で成長と出会いがあって…あの子たちは一族の元へ帰ってきた。
それは運命であり、偶然であり、必然的であり…兆しでもある。
私はそれを信じて、最後の責務を全うするつもりだよ」
儀式が成功していれば、有り得なかった運命。
ガウラが記憶(ヘリオ)を拒否しなければ、起きなかった未来。
ヘリオがアリスと出会ったことも、ヴァルがガウラを見つけたことも、偶然と必然が重なったのだろうと感じる。
星界へ還られなかったのは、未練と後悔があったから…だが今はただ、思念体として残っていたことが希望となる。
「……さぁ、着いたよ。
ここが私たち黒き一族の里だ」
こうして頭の堅い族長に会えるのだから。
─────
里へ入るや否や、若者たちはヴィラを見て驚いた。
いや、正確にはジシャを見てだろうけれど。
「ヴィラ様、その抱き抱えているのは…」
「白き一族の族長の妻、ジシャ・リガンだ。
族長代理として私が招いたのだ」
ヴィラがそう言うと、周りに集まっていた若者たちは次々と跪いた。
その行動を見て、今度はジシャが驚く。
「な、なんだい…これは……」
「我が一族では、白き一族は護るべき者であり、敬うべき存在なのだ。
カ·ルナ様がニア様と出会っていなければ、私達は存在していなかっただろうからね」
そう言われ、改めて一族の想いを知らされる。
跪く彼らを横目にヴィラが向かったのは、族長のいる家だった。
中に入ると、1人の老人が鎮座している…。
「族長、白き一族の族長代理、ジシャ·リガンを連れてまいりました」
ジシャは床に降ろしてもらいつつ、族長を見る。
静かな空気…視られているのを感じる。
「ふむ。確かにジシャのエーテルだな…。
話を聞いた時は信じられなかったが、これは認めざるを得まい…」
族長は改めて座り直すと、頭を下げた。
「よくぞ参られた、族長代理ジシャ·リガン。
断りもなくエーテル視をした事、深くお詫び申し上げる」
「信じられないのも無理はない。
私も、今の状態に驚いているぐらいだからね」
族長の頭が上がると、ジシャは早速本題へと入った。
「さて、本題へと入ろうか。
ヴィラから話は聞いている。」
「………」
「古くから伝わる掟を変えるのに抵抗があるのは分からないでもない。
けれど、こちらの一族は途絶えたも同然…先のことを見据え考えるには、廃れた一族の存在は足枷でしかない」
「ニア様の直系であるお主が、それを許容すると言うのか?
一族の崩壊を…」
言い分は分かる。
ニア・リガンの直系である故に、責任があることも。
言葉の重さも。
だからこそ言わねばならない。
一つ小さく息を吐くと、ジシャは自分の想いを語り始めた。
「栄えたモノはいずれ廃れていくものだ。
文明も、血筋も、それは歴史が物語っているだろう?
それに、あの儀式が成功していたとしても、私と族長である夫は掟を変えるつもりでいた。
娘が武力と魔力を持ち合わせ、外の世界を夢見るようになっていたからね」
その言葉に族長は驚いた表情をする。
「子供の願いは叶えてやりたい。
そう思うのが親心だろう?」
「……だが……」
「どの道、娘が最後の純血だったんだ。
その時点で我が一族は途絶える事が目に見えていた。
それなら、掟を変え、自由に生き、一族のことは昔話として子孫に繋いでいけばいい…」
ジシャは目を伏せる。
脳裏に浮かんだのは、未来を願った親と、未来を歩もうとしている子供たちの姿。
ジシャも密かに願ったこと…それを直接、彼に伝えねば。
「黒き一族の族長よ。
私達の時代は終わったんだ。
これからは、次の世代に新たな時代を託すべきなんじゃないのかい?」
ジシャの言葉は重く、静かに室内に響いた。
しばらくの沈黙の後、族長は大きくため息をついた。
「リガンの血筋の者にそう言われては、反論することも出来ぬ。
全く…、ヴィラ、お主は幾つになっても頑固で儂を悩ませるな…」
「頑固なのは父上譲りです。
恨むならご自身を恨んでください」
そう言われ、苦笑する族長。
なるほど、気配が似ていたのは彼らが親子だったからか。
「儂も腹を括ろう…今日をもって儂は族長を退任する。
ヴィラ、あとはお主の好きな様にするが良い」
「仰せのままに」
ヴィラはそう言うと、ジシャを抱き上げ外へ出た。
─────
「すまなかった、お陰で助かった」
「私は本音を言っただけさね。
役に立ったのならよかったよ」
さて、これからはヴィラがひと踏ん張りする時だ。
ヴィラは表情を引き締め、里の広場に若者たちを集め、声を張り上げた。
「皆の者!本日を持って我が父は族長の座を降りることとなった!」
唐突に告げられる退任宣言は、周囲を大きくザワつかせる。
その様子を見つつ、だが退けないこの状況に、ヴィラは続けて声を発する。
「今後の事について、私から皆に話がある!」
その言葉に若者たちは戸惑いつつも耳を傾ける。
「私達は今まで、掟に従い、白き一族を護って来た!
だが、時代は変わった!
今こそ掟を廃止し、皆が思った通りに生きるべきだと、私は思う!
長く続けてきた生活を、いきなり変える事に抵抗のある者もいるだろう。
私はそれを無理に変えろとは言わない…それも自由だ。
里を出て、今と違う生活を送るのもまた自由。
不安がある者は私に相談しに来てくれ、何時でも力になる!」
そう言い切ると、戸惑いザワついていた若者たちは安心した表情になった。
彼らはヴィラを教育指導者として慕っていた、彼女のその献身な姿勢と行いが、彼らを安心させ信頼できるものだと思わせるのだろう。
「話は以上だ!
私はこれから、客人を送ってくる」
去る間際、黒き一族の若者たちが未来を見据え語り相談し合っている姿と声を聞く。
前を向けるその姿勢は、芯の強く安心できるものだった。
─────
集落跡に着くと、ヴィラは再度礼を告げた。
「ジシャ、本当に感謝してもしきれない。
急な頼みを引き受けてくれて、心から感謝する」
「役に立ったのならよかったよ。
でもよかったのかい?」
「あぁ。最初は皆、戸惑うのは当たり前だ。
だが、私には考える時間は沢山あった。
儀式の失敗以降、私はこの日の為に下準備をしてきたし、里を出る者の為に、外とのパイプも作ってある」
彼女の用意周到さに、驚くばかりだ。
「年配者はともかく、若い世代の子達は全員私が指導をしていた。
言わば、私の子供と言っても過言では無い。
迷い、戸惑っているなら、それを聞き、助言するのも親の役目だろ?」
「確かにね」
小さく笑い合う2人。
程なくしてヴィラは里へと戻った。
見届けたジシャは、改めて考える。
偶然なのか必然なのか、儀式の失敗により動き始めた歯車…。
黒き一族も白き一族も、そこから運命が動いていたのだと。
黒き一族の事はヴィラに任せておいていいだろう。
白き一族の後始末は、ジシャの役目だ。
そう結論づけると早速、彼女は記録を見返し情報をまとめることにした。
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