Extra24:感じたことのなかった感情
双蛇党からの依頼でとある洞窟にやって来たアリスとヘリオ。
元々帝国側に雇われていた、奪略行為を行う傭兵集団の殲滅という依頼だ。
ところどころに大きなフロアがある程のダンジョンで、2人は警戒しながら進んでいく。
傭兵たちの話し声が聞こえ始めたところで2人は顔を合わせ頷き、更に警戒をしながら歩いた。
傭兵たちが居たフロアは天井部分が開けており、木々は生い茂り空も見える。
これより先のフロアに敵がいる可能性もあるが、とにかく目の前の10人ほどの敵を倒さない限りは先に進めない。
2人は奇襲をするべく戦闘準備に入った。
「フレグマを合図に奇襲する」
「分かった」
そう合図すると、ヘリオは賢具を操りフレグマを放った。
「ぐわぁっ!!!」
「なんだ?!」
「敵襲だっ!!」
それを機にアリスも突撃し、敵を倒していく。
ヘリオはバリアを張りながら応戦。
騒ぎを聞きつけ、奥から傭兵集団のメンバー達がやって来るが、アリスとヘリオは上手く対処し倒していく。
敵はかなりの数で、どんどん押し寄せてくる。
戦闘が激化しそうになったところで突如拍手の音が聞こえてきた。
ーーーーー
傭兵集団たちは手を止めた。
突然の拍手の音に2人も手を止め拍手をした相手を見る。
風格からしてリーダー格だろう。
「いやぁ、なかなか良い腕をしてますね。
見た所、冒険者の様だが…、双蛇党も人手不足ということでしょうか?」
「お前がリーダー格か?」
アリスが問いかける。
「いかにも。
私が魔道傭兵団の団長です」
「仮にも傭兵団だったお前達が、なぜ野盗まがいの事をしてるんだ」
「生きる為ですよ。
争いがあった時は良かった。
良い稼ぎになりましたからね。
でも、今はどうです?
国に雇われるのと、1商人に雇われるのでは報酬の額も違う。
ましてや、我が団は大所帯だ。
稼ぎがなければ皆共倒れですからね。
効率を考えると、物資と金品の奪略が1番手っ取り早かった。
ただそれだけですよ」
「お前達に傭兵としてのプライドはないのか」
「プライドで生きて行けるなら、こんなことはしていませんよ」
団長がそう言うと、アリスとヘリオの方に向き直る。
「さて、無駄話はこの辺にして、そろそろ貴方達には消えて貰いましょうか」
「何人でかかってきても無d…」
「アリスっ!上だっ!!」
「っ!?」
上を向くと、大穴を囲むように敵たちが立っており、その中心には大きな魔法の塊があった。
「我が団の協力魔法の時間を稼がせていただきました。
私がただ無駄話をしてるとお思いとは、平和ボケでしょうか?
まぁ、私には関係ないですがね」
団長はそう言い2人に一礼した。
「それでは御二方、さようなら」
それを合図に巨大な魔法が2人を襲う。
ヘリオはケーラコレ、パンハイマと軽減やバリアを張り、アリスはパッセージ・オブ・アームズを展開させる。
何人もの術者が作り上げた魔法の塊の威力は物凄く、それを受け止めているアリスの足元は、少しずつ地を滑る。
ヘリオの張ったバリアも耐えきれず、割れては張ってを繰り返す。
巨大魔法は衰えを知らず、長い時間発動しており、とうとうパッセージ・オブ・アームズの効果も限界を迎えた。
「ヘリオっ!!!」
「っ!!」
パッセージ・オブ・アームズの効果が切れた瞬間、アリスは咄嗟に後ろにいたヘリオを庇った。
それと同時にヘリオもバリアを張るが、それだけでは為す術もなく、一瞬でバリアは砕け散り、2人は物凄い衝撃に襲われた。
巨大魔法は2人と地面に衝突し、消滅。
その後には、ボロボロになり倒れている2人の姿があった。
「呆気ないものですね。
まぁ、あれを食らって生還できた者は……おや?」
団長が言葉を止める。
「…うっ……くっ……」
呻き声を上げたのはヘリオだ。
それを見た団長は驚きの声を上げる。
「これはこれは!
あれを食らって生きているとは!」
身動ぎ身体を起こそうとするヘリオは、力無く覆い被さっているアリスの存在に気がつく。
「……アリ…ス…?」
自身よりダメージの酷いアリスを見て、彼の体を押し退けて起き上がる。
「おいっ!
アリスっ!!
しっかりしろっ!!」
アリスの頬を軽く叩くが、起きる気配がない。
「咄嗟に貴方を庇うとは、流石ナイトと言ったところですか…。
ですが、あれをまともに食らっては、息があっても長くは持たないでしょうね」
「………」
アリスに伸ばされているヘリオの手が震え始める。
敵の動向を見抜けなかった。
守れなかった。
己の実力不足で目の前の大切な人が死にかけている。
(俺は……何をしていたんだ……)
今までに感じたことのない激情に襲われる。
己の不甲斐なさ、それに対する怒り。
そしてアリスを失うかもしれないという恐怖。
ヘリオの呼吸が激しく乱れる。
ーーーーー
「ここら辺は敵が居なかったみたいだな」
「そのようだな」
ガウラとヴァルは走りながら洞窟を探索している。
そんな時、急にガウラの足が止まった。
「ガウラ?」
「なん、だ?」
「?」
「すごく、胸がザワザワする。
あまり感じたことのないやつだ…」
「……もしかして、ヘリオに何かあったのか?」
「分からない。
兎に角急ごう、嫌な予感がする」
そう言うと2人は再度走り始めた。
ーーーーー
「ヘリオっ?!アリスっ!?」
ガウラ達が見た光景は、悲惨なものだった。
地は巨大魔法により凹み、そこには傷だらけのアリスとヘリオがいる。
アリスに至っては力無く倒れたままだ。
「おいヘリオっ!一体何があった?!」
「…………」
「おいっ!!」
ガウラはヘリオを問い詰めるが、肝心の彼はアリスを見たまま動かない。
「援軍ですか?
まぁ、たった2人増えた所で何か変わることはないですがね」
哀れみの声と表情で団長は言う。
「ナイトさんは仕事を全うしたというのに、賢者さんの能力不足で死にかけているとは、なんともあわr…」
「黙れ……」
そう言いながらヘリオは静かに立ち上がる。
そして彼は団長を見据える。
「おや、自分の弱さを指摘されて逆切れですか?」
「黙れぇぇええええええええっ!!!!」
突如ヘリオが吼える。
その様子にびっくりしたのはガウラとヴァルだ。
ヘリオは賢具を操り手当り次第に敵を攻撃する。
あまりにも乱暴な魔法で、見てられなくなったヴァルは叫んだ。
「ガウラ!
あの戦い方は危険だ!
援護するぞっ!!」
「あぁ!」
ヴァルに続きガウラも応戦する。
「ぁぁああああああっ!!!!」
ヘリオの様子はまるでバーサーカーのようで、勢いと発狂と乱暴な魔法が洞窟内に響く。
ガウラとヴァルは驚きを隠せないままだったが、それでも冷静に援護する。
次々と仲間が倒されていく様子に、団長は焦りを覚えた。
取り乱しているヘリオだけなら何とかなっただろう。
だが、ここには英雄と言われたガウラと、それを陰から見守り続けてきたヴァルがいる。
2人の実力は確かなもので、団長の予想を遥かに超えていた。
あっという間に敵は倒された。
そして団長の前にヘリオが立ちはだかる。
その形相はガウラでさえ見たことのないもので、団長は震え上がる。
ヘリオは賢具に手をかざし仕掛けようとした瞬間…
「ヘリオっ!落ち着けっ!!」
ヘリオを止め羽交い締めしたのはガウラだった。
「そいつまで再起不能にしてしまったら、取り調べも、罪を償わせることも出来なくなるぞっ!!」
それでもヘリオは落ち着く様子がなく、ガウラを振り切り暴れようとする。
見かねたヴァルは団長に手刀を入れ気絶させた。
「これで逃げられる心配はないだろ」
「………っ」
そこでようやくヘリオは止まった。
「そんなことより、お前はアリスを回復させた方がいいんじゃないのか?」
ヴァルが冷静に言うと、ヘリオはハッとした顔でアリスを見、駆け寄る。
よく見ると、彼はまだ息があるようだ。
ヘリオは回復しようとするが、震えと動揺で上手く魔法が発動しない。
その様子にガウラはヘリオの肩を掴みこう言った。
「しっかりしなっ!!お前はヒーラーだろっ!!」
だがヘリオの表情は動揺したままだ。
「邪魔だ、どけ!」
ヘリオを押し退けアリスを回復したのは、白魔道士にジョブチェンジしたヴァルだった。
ケアルで少しずつ…アリスに負担をかけないように。
「ガウラ。
あたいがアリスを回復させてるうちに、双蛇党に解決の報告を頼めるか?」
「わかった」
返事をして外に向かうため立ち上がる。
ヘリオは未だ、放心状態で座り込んでいた。
ーーーーー
アリスが双蛇党兵舎の医療室に担ぎ込まれたあと、ヴァルは不滅隊に報告をするため離脱した。
ガウラは休憩室でアリスの回復を待っている間に、ヘリオに何があったかを聞き出していた。
事情を話し終えると、ヘリオは壁に拳を打ち付け、自分を責めた。
その様子にガウラは何も言えなかった。
以前なら叱咤激励をしていただろうが、同じ状況になった時、ガウラも冷静で居られるとは思えなかったからだ。
それだけでなく、道中で感じたざわめきがヘリオからの感情である事を考えると、それ程までにヘリオの感情が湧き出たということでもある。
そう思うと言葉が思い浮かばなかったのだ。
しばらくするとアリスが目を覚ましたと報告が来た。
医療室に入ると、目を覚ましたアリスはヘリオを見るや安心したような表情になった。
「ヘリオ、良かった。
無事だったんだな」
そしてヘリオの後ろにいたガウラを見ると、今度は申し訳なさそうな表情になった。
「義姉さん…」
「目が覚めて良かった」
「…すみません。
心配をおかけして…」
「状況は聞いた。
今回はいつもの無茶をしたんじゃないんだから謝るな。
お前はよくやったよ」
労いの言葉に小さく笑い礼を言うアリス。
ヘリオは拳を強く握り締めながら無言で居た。
その様子にガウラはひとつ溜息を着くと、ヴァルに報告して来ると言い医療室から出ていった。
2人きりになるアリスヘリオ。
最初に口を開けたのはアリスだった。
「ヘリオ、心配かけてごめんな。
こんな怪我して、まだまだ修行が足りないn…」
「……なんで」
「?」
「なんであんたは、俺を責めないんだっ!!」
「え?」
突如叫ぶように問うヘリオに驚くアリス。
「今回は、明らかに俺の実力不足だろっ!?
そのせいであんたは死にかけたっ!!
それなのに、なんであんたが俺に謝るんだっ!!!」
「……ヘリオ」
「あの後、姉さん達が駆けつけてなかったら、俺はあんたを死なせてたっ!!
ヴァルが居なかったら、あんたは一命を取り留めてなかったんだっ!!」
感情任せに叫ぶヘリオ。
その声はどんどん震えていった。
「俺は……っ、俺は……っ。
あんたが死にかけてるのに、何も出来なかった……っ」
そう言った瞬間、ヘリオの瞳から涙がボロボロと零れ落ちた。
見たことのない激情とその涙にアリスは驚きつつも、いつも通り優しくこう言った。
「ヘリオ……。
ヘリオは悪くない。
俺が悪いんだ」
だがヘリオは納得してないようで首を横に振る。
「あんたは、悪くない…っ」
「そんなことないよ。
パッセが切れた時、インビンが発動出来てれば怪我しなくてすんだしさ。
だから、ごめんな」
アリスはそう言うとヘリオの拳を優しく握った。
「あんたは…優しすぎる…」
「そう?
でも、まぁ、ヘリオが今回のことで思う所があるなら、一緒に強くなろ。
二度と同じことが起きないように、ね?」
アリスは微笑みそう言うと、ヘリオは頷きながら乱暴に涙を拭った。
ヘリオはベッド脇の椅子に腰掛け、アリスの手を握る。
「あんたが助かって、本当に良かった……」
そう言ったヘリオの瞳からは、再び涙が零れ落ちた。
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