Extra19:使命に関係なく、共に居たいと思ったから
恋愛感情なんて持つことなく人生を終えると思っていた。
それは冒険者だからとかそういうものではなく、純粋にそう思って決めつけていた。
「あたい…いや、"オレ"は、お前を1人の女性として、恋愛対象として好きなんだ」
だから、そう言われた時に「こいつは何を言ってるんだ」と思った。
ヴァルは黒き一族で、白き一族であるガウラを護る宿命と使命を持ってここに来たのだから。
今やその使命は撤廃されており、ヴァルも自由となったのだが…どう転んでも目の前のこいつは自分という存在に縛られっぱなしらしい。
「……」
いつになく真剣な表情のヴァルを見て、冗談ではないと理解した。
頬が熱くなるのを感じる…。
「ガウラがオレをそう言う感情で見てない事は分かってる。
でも、知ってて欲しかった。
だから、今すぐ答えは要らない。
…もしいつか、ガウラがオレと同じ気持ちになったら、その時に答えて欲しい」
その答えに、YESもNOも言えなかった。
─────
告白をされて数週間後、アリスの誘いでコスタ・デル・ソルにやって来た。
時期は霊4月、紅蓮祭でお馴染みの季節となっている。
ヴァルが身につけていた特殊メイクにより、ガウラの火傷痕は綺麗になっている。
けれど常にあった火傷痕なので、不安は残る。
そんなことも関係なく周りの連中はワイワイしているが。
紅蓮祭実行委員会から貰った水着に着替える。
とても可愛らしいもので、遠目でリリンとアリシラが「可愛い可愛い」と言い合っているのが見えていた。
着替え終えたガウラに気づいたのか、ヴァルが近づいてくる。
その顔はどうも困ったような表情だ。
「ヴァル、どうしたんだい?」
「……」
歩み寄ったヴァルは無言のまま、彼女の上着の前を閉めた。
「変な輩が絡んでくるかもしれないからな」
「心配しすぎだって!
…まぁ、私も際どいなと思ったけど」
水着だからそういうものだろう、というのは置いておこう。
ただでさえ英雄だの光の戦士だの言われてきた身だ、絡んでくる連中がいないはずがない。
「あ」
思い出したように荷物を漁ると、以前の紅蓮祭で頂いていたパレオが入っていた。
腰に巻きながらヴァルを見る。
「これで安心かい?」
「あぁ、それなら多少は…」
「よし!」
OKを頂けた。
そんなやり取りを見ていたアリス。
「なんか、恋人同士みたいだ……」
その声がガウラの耳に入ってないわけがなかった。
─────
アスレチックで右往左往しているうちに陽は傾き、花火の時間となっていた。
「そろそろ花火の時間ですね!」
「あ、アリスさん!
私とリリンちゃんはあっちで花火見てきますね!」
「え?皆で見ないの?」
「だって、パートナーになってから初めての紅蓮祭ですから、2人で見たいんです」
「そっか、それもそうだよなぁ。
分かった!じゃあ、また!」
「はい!リリンちゃん!行こ!」
「うんっ!!」
そう言って一旦場を離れたリリンとアリシラ。
仲が良く微笑ましいと素直に思った。
「じゃぁ、4人で花火を見ましょう!
あっちに小舟があるからそこで!」
そう言いながら歩き始めるアリス。
ヘリオは相変わらず無表情だが、どことなく楽しそうに見える。
ガウラも向かおうとしたが、立ち止まってるヴァルが気になり振り返った。
「どうした?」
「ガウラ、オレ等も別の場所で見よう」
「へ?なんで?」
「彼奴らだってパートナー同士だ。
本当なら2人きりで見たいだろう」
「あー…でも、4人でって言ってたぞ?」
「いいから。あっちの船で2人で見よう」
「え!あっ!ちょっと!?」
去っていったアリスとヘリオにお構いなく、ヴァルはガウラの手を引き別の場所を目指した。
そこは離れた船の上で人気もなく、ゆっくり花火が見れる場所だった。
─────
去年と違い、告白された後の紅蓮祭。
以前のガウラなら何も思わなかっただろう、今でも何も思わないようにと努める。
けれど感情というのは素直なもので、隠すことなどできないものだ。
告白されてからはヴァルに対する見る目が変わった。
恋愛感情なんて無縁だと思っていたのに。
おかげでこいつが居ると気が狂う。
「ガウラ」
「ん?なんだい?」
呼ばれて彼を見る。
ヴァルはガウラの頬に右手を添え、顔を近づける。
ガウラはぎゅっと目を瞑ったその時、額に柔らかい感触を覚えた。
「ぴゃっ!」
しっぽを膨らませびっくりするガウラ。
思わず後退りし額に手を当てる。
キスされた。
そう気づくには時間など要らなかった。
─────
紅蓮祭を満喫した後日、ヘリオはガウラの相談事に乗っていた。
「お前がアリスを意識するきっかけはなんだった?」という問に対してだ。
ヘリオ自身、考えたことがないものなので、答えることは難しいのだが、察していることが正解ならば面白いことが起きているので、彼はひとまずガウラの話を聞こうと思ったようだ。
「で、俺がアリスを意識するきっかけを知りたいと」
「あぁ、感情が芽生えてきてる今のお前なら、分かるのかなって思ってさ」
「……いや、正直分からない」
「………だよなぁ、そんな気もしていたよ」
「だがそうだな…放っておけないとは思った」
「ほう」
「あいつ、危なっかしいし」
「わかる」
「すぐ怪我するし」
「それは人のことが言えないな」
「寂しがり屋だし」
「甘えん坊だよな」
「…それがどういう感情かは俺には分からないが、それを恋愛感情と言う人間もいるかもしれないな」
「なるほどな」
茶を飲みながら今度はヘリオが問う。
「それで、姉さんはヴァルに対してどう思ったんだ?」
「……なんでヴァルなんだ」
「さぁな」
「…守りたいではないな、あいつ強いし。
守られたいも違うな、私も戦えるし」
「……一緒に居て?」
「楽しい」
「一緒に戦えて?」
「頼もしい」
「一緒に?」
「………居たい」
「答え、出てるじゃないか」
「お前が導いただけだろうよ…」
「どうだかな」
「俺(心)と話すあんたは、心に素直だってこと忘れるなよ」
茶を飲み干してそう言うと、ヘリオは帰っていった。
1人残ったガウラは考える。
確かにヴァルと共に寝て過ごす日々は楽しい。
けれどそれだけで恋愛感情と呼べるのか?
他の連中と同じように過ごす時の感情とは違うんだろうとは感じている。
だからこそ、分からなくなるのかもしれない。
むしろヘリオが出した「分からない」という答えが正解なのかもしれない。
「難しいな、恋って」
─────
「なぁ、ヴァル」
「なんだ?」
その日の夜、ガウラはヴァルの横に座りゆっくりしていた。
「お前さ、この前の紅蓮祭で私にキスしたろ?」
「あぁ」
「その前は、私に告白したろ?」
「あぁ、そうだな」
「最初はさ、こいつ何言ってるんだって思ったんだ」
「……」
「でもすぐに、ヴァルの顔を見てこいつは本気なんだと感じた。
私は、恋愛感情なんて無縁だと思ってた。
むしろなくてもいいとも思っていた。
だから考えたことがなかったんだ」
「そうか」
「でも、私の心は素直みたいでさ。
私はお前とこの先もずっと一緒に居たいらしい」
「……」
「なぁヴァル」
「なんだ?」
「恋を知らない私でも構わないかい?」
「あぁ、ガウラがいい」
「こっち向け」
「既に向いている」
話してるんだからそらそうだと思いながら、きちんと彼を見る。
ヴァルは真剣に聞いてくれてるようで、目も顔もガウラを見ている。
フゥ、と深呼吸すると、ガウラはヴァルの頬を両手で挟んだ。
紅蓮祭の時に船の上でキスされたように、彼女もヴァルの額にキスをした。
それはあの時よりも短く一瞬のように感じ、ガウラは顔を赤くしたままヴァルを見つめる。
ヴァルはじっと彼女を見つめたまま固まっている。
「……これが、僕の答えだ」
「………」
「…なんか言え」
「……今、答えを聞けるとは思ってなかったから、少々驚いている」
「僕だって、答えが出るとは思わなんだ」
そう言ったガウラは、気持ちがスッキリしたような表情になっていた。
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